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自然農から命の道を いのちの祭りに寄せられた文章です

川 口 由 一


 私達人類は、一万年前後の農耕生活の歴史を重ねてまいりましたが、ここ数十年間においては化学する知恵と高度の技術能力により、飛躍的な変化発展をいたしました。
それが自然から、あるいは生命の営みからの遊離ともなり、自然法則への支配を深くしてゆくものとなりました。
多種多量の化学肥料、農薬の開発使用、多量のエネルギーを消費しての大農機械化農業、大地から離れての水耕栽培、さらには遺伝子や染色体を操作して新品種の開発、あるいは一つの細胞を取りだし培養、増殖させての利用…等など、人間の都合や人間本位の思いと判断から、生命誕生までに手を出しての化学農業へと大変化であります。
この大きな変化、発展が真の変化かどうか、私達人間に本当に幸福をもたらしてくれるものであり、この地球上でいつまでも平和に暮らし続けてゆける農業であるのか問わねばならぬものでありました。
しかし、心配をよそにこの流れはヨーロッパからアメリカ、日本、アジアの国々に及び、さらに世界の各地に…とその勢いは急であり、地球上のあちこちにこの化学農業が大きな強い勢いで広まっております。
 本当に人類はこれで大丈夫だろうか、宇宙の法則を極めること出来ず、生命あるものとしての生き方を悟ること出来ず、生命の本体を観ず、識らずして自然から遊離し、人間本体の浅い狭い、愚かな思慮分別で、自然界の一部である私達人間だけが、欲望のままにこんなに愚か事を重ねてのこの発展は許されるのだろうか、と心ある人々が危惧するところであり、生命からの不安をいだくところでありました。
やはり宇宙生命根源の働き、天地自然の摂理や、自然界の法理法則や掟、個々の生命の営み等など、最も大切な生命の法を見失ってのこうした人間の行為は、無限大の働きをする素晴らしい地球自然界といえども許容してくれるものではありませんでした。

 早くから化学農学の栄えたヨーロッパにおいてその弊害が現れ、一部の人達からその誤りとゆきづまりに気付き始めました。
大地の荒廃、水や空気や土の汚染…等などの環境破壊は生命あるあらゆるものの存亡にかかわるものであることに気付きました。多大のエネルギーを必要とする農業やハイテク農業は有限のこの地球において永続できるものではないことにも気付きました。
さらには人体や食べ物に直接、農薬、化学肥料からの毒物が混入、侵入するという恐ろしいことは私達人間の生命に直接危害をもたらすものであることにも気付きました。
人間のこうした行為は地球生命圏の大調和を乱し狂わせて、人間はもとよりあらゆる生命の生存を脅かすものであり、自らの内には精神の荒廃を招き魂を曇らせ、心を病ませ、生命を衰退させる病気に対する抵抗力を亡失させ不安に陥るものであります。
 もちろん農業のみならず、私達人間生活総ての方面から招いている問題であり、危機であります。農業からもたらすもの以上にはるかに恐ろしい破壊力を持つ原子力の利用や強大な武器の保有…等などのことを思うと、あらゆる方面における私達人間のやっていることの根底からの問い直しをひとり一人が迫られています。

 自然とは生命自ら然らしむるところです。
自然界すべては生命自らの営みによって現出しているものです。
生命の成せるものです。
大いなる一つの生命の成せるものであると同時に個々個々の生命の成せるものです。総ては生命の中の生命達の出来事であり、何もかもが生命自らです。自然が向こう側にあるのではなく、私達人間も自然であり生命そのものです。
お米しかり、野菜、草々虫達しかり、田畑全体、地球生命体しかり、何もかも何もかもしかりです。生命の道がそのまま私達人類の道であり、生命あるもの総ては生命の道に添う以外に道はありません。
地球はもとより宇宙の楽園です。
この楽園を壊さない生き方を必要としております。
自然農はこの楽園を一切損ね壊すことのない栽培農です。
耕さず、肥料農薬を用いず、草や虫を敵としないところに私達の生命体は約束されています。
 ところでこのような生命の道、人の道、農の道が明らかでありましても今日主流の化学農学、諸々の人工の生活から生命の道への移行、変革は政治による制度の改革や、一人の人間のかけ声によって、成るものではありません。
政治がいかであれ、他がいかであれ、自らの気付きと目覚めによるひとり一人の内からの変革が不可欠であり、一歩一歩の実践によって初めて現実してゆくものです。
政治に待つことなく、他にたのむことなく、自らの目覚めと実践が大切であり基本であります。
 いろんな背景、いろんな事情があって時が流れ、人々が生きてきました。
今日もいろんな人々がいろんなことをして生きています。
やがて巡りは二十世紀から二十一世紀へと大きな生命の展開です。
ここまでに至った私達人類ですが愚かではありません。
生命からの目覚めと意識の変革がひとり一人の中で少しづつ、確実に始まっています。
主に都市生活者の中から始まりました。
ほとんど生活を観ず、識らず、生命のあることすら識らずに、便利さに、安易さにと突っ走ってきた人工の都市からの目覚めです。
やがては都市と農村の別なき目覚めともなってまいりました。
この新しい息吹は生命からの欲求であり選択です。
数の多少を越えて尊く、生命の素を晴らしてゆく素晴らしいものであり、大切にしていかねばならぬものであります。
 生命の大切さを悟り目覚めからさらに実践へと一歩踏み出す、あちこちにおける確かな流れは物欲の世界を越えて生命に価値の中心を置くところの新しい文明・文化の萌芽です。
砂上に栄え続ける虚構の文明はすでに退廃期に入り、崩壊に向かってなお暗闇のなかで発展へとひた走る他方で、すでに次への時代の覚者であり創造者である人々の誕生は大いなる希望です。
この素晴らしい精神を宿した今はまだ小さくひ弱な人達がいかに育つかどうかでありますが、生命の始まりはもとより総て小さくひ弱です。
それが誠の生命であり、真理に通じる誠のものならば必ず時の巡りと共に誤ることなき成長を自ずからいたしてまいります。
 一つの生命は生まれ育ち死に、生まれ育ち死にと巡り、一つの文化・文明も誕生発展崩壊、誕生発展崩壊へと変化をくり返し巡り続けてまいります。
そして生命界は死の前にすでに次への生命は用意され、崩壊の前に次の文化・文明を用意しております。
環境破壊と共に人類の滅亡の予言も飛び交う今日ですが、決して人類はここで滅亡するものでない事を静かに感じさせられます。

 ”いのちの祭り2000年” この機にさらに多くの人々が、種々の分野において生命に価値の中心を置く生命の道なるよろこびの歩みとなることを願いこの行事の成功をも祈ります。

                      2000年6月16日