山小屋はアルプス大学

この文章は1983年の岳人別冊夏山に依頼があって記述、掲載されたものです。

koyaban.usui.jpg (3816 バイト) 町営大天荘の小屋番時代

北アルプス大天井岳2992m       

町営大天荘 臼井健二

「シュー」高圧釜の音で山小屋の朝は始まる。夏のシーズン中は朝の4時ごろから御飯が炊きあがり、忙しい朝を迎える。朝日が雲海のかなたから登り、太陽とともに生活がはじまる。

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食器洗い、部屋の片付け、ゴミ掃除が終わるころ、ようやく8時。下界では満員電車に揺られ通勤しているころだ。お茶を飲みながら今日一日の打ち合わせをし、晴れていれば部屋の布団を屋根に並べてトカゲ(昼寝)となる。山の歌を歌いながら槍・穂高や下界をながめている時、大自然の山ふところに抱かれているという ほっとした気持ちにさせられる。

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人間が歯車として動かされている現代社会で、こんな時間はなにものにもかえがたい。そして山小屋での人間関係も都会の生活で忘れかけている〃何か”を思い出させてくれるようだ。

昼ごろから登山者が到着する。部屋はもちろん相部屋。見ず知らずの人と枕を並べて寝られるなんていうことは山小屋しかないはずだ。同じ山を愛する人…そして同じ道を汗をかきかき歩いたこと。夕立に遭ったこと…すぐむかしからの友人のような会話がかわせる、こんな出会いはなかなか下界では味わえないのではなかろうか。山小屋のよさのひとつでもある。

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タ食の食器片付けの済んだころ、ホールに出かけていけば山の話に花が咲く。雨の冷たかったこと 太陽のぬくもりの暖かだったこと…だれでもが自然の前で同じ立場でいられること。山ふところに抱かれているとだれでもが温かい気持ちでいられるようだ。また小屋番をしてそんなコミュニケーションのお手伝いができれば一番の幸せでもある。

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山小屋で暮らす連中は、どちらかというと、真剣に、そして純粋に、人生を生きている人たちが多いのではないかと思う。だれもが都会での生活や会社という組織に、どこか歯車がかみ合わず、一つの転機として山小屋の生活を選び、自分をみつけようと努力しているようだ。。日がな一日、生活をともにする山小屋という小さな世界で、2,3日暮らしてみれば、自分を飾ったところですぐボロが出てしまう。それが人間関係を深めてくれもする。

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だれいうとなく山小屋での生活を「アルプス大学」と呼ぶようになった。山での生活はついつい長くなりがちだ。でも四年くらいで何かをつかみ、自立できなければ山での生活は生きてこないと思う。

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小屋開けの頃 屋根まで雪がある

アルプス大学の卒業生の中には「自分なりの生き方」を見つけ、ふたたび下界におりて活躍している人がかなりいる。

北穂高小屋の岸さんは栂池にヒュッテ「星の嵐」を作り、今野さんは山岳写真家として頑張っている。穂高岳山荘の神さんは16ミリのカメラマンとして活躍、「穂高の四季」というすばらしい映画を作った。槍岳山荘の文次さんは栂池に「シルクロード」というプチホテルを、西岳ヒュッテの木村さんは乗鞍にロッヂ「K2」を、同じ大天荘にいた田中英子さんは安曇野に口ツヂ「ちいさな栗の木」を、常念小屋の石田さんは白馬にホテル「パイプの煙」を、青木さんは横浜にレストランを開いている。それぞれ道は違うが、山小屋にいた何年かの間になにかをつかみ、自分の生きる道を見つけたようだ。

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小屋番の生活は肉体的に大変な時もあるが、精神的にはとても豊かになれる。お金を出せばなんでも手に入る世の中と違って、自らの手でなにかを作り出さなければならない世界。現代社会の中でこの世界はある意味でとても恵まれている。

太陽の匂い、風の音、星のつぶやき、草花の息づかい、そしてやわらかな心も昔はあなたのものだったのに 忘れかけている何かをとりもどしてほしいのです。

 

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1977年冬 大天荘

 

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冬 大天を目指したメンバー

 

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厳冬の大天井岳を登る

 

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大晦日を大天荘で迎える

35年前の大天井岳の映像 25歳の頃の 臼井が登場します。

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