信濃毎日新聞 タウン情報 2001.1.3掲載紙

エコロジーライフ 臼井さん一家の実践
21世紀は共生がテーマ


穂高町豊里でペンション、「舎爐夢(シャロム)ヒュッテ」を経営する臼井健二さん(51)一家は、自給自足をめざし独自の哲学で自然環境を考えた”エコロジーライフ”を20年前から実践している。使い捨てを繰り返してきた20世紀が終わり、自然・環境と人類の共生へ一人ひとりの意識改革が問われる中、自力で家を造り自家栽培の野菜を食べるシンブルなライフスタイルから、21世紀を生きるヒントを得たいと、臼井家におじやました。
                                                              【丸山記者】

松林を背に、辺り一面畑や田んぼが広がる開放的な立地の舎爐夢ヒュッテ。右の建物は自力で建築中の「シャロム共同体」

生態系に配慮
自然の循環を壊さない生活


舎爐夢ヒュッテは、山小屋の番人をしていた臼井さんが山を下り、自給自足の生活を夢見て自らの手で建てた家。林の中に溶け込む山小屋風の建物で、辺りは松本近郊にこんな場所がまだ残っていたのか、と感激するくらい。絵にかいたようなのどかな田舎の風景が広がる。全国各地からのゲストを迎えながら、妻の朋子さん(36)と長男の仁君(10)、長女愛美ちゃん(5)、次男の誠君(1)の5人で暮らす。彼らが生活の中心に据えるのは「自然循環のある農的な暮らし」。「自らが汗して食べ物を得、自然に帰らないものは使わない。地球の生態系に負担をかけない生活が理想」という姿勢だ。畑で採れた作物を食卓へ、残飯はニワトリが食べ鶏ふんを畑へ、という昔なら当たり前だったサイクルを自分たちの暮らしの中に取り入れている。「スーパーで買えば安いけど、ごみがたくさん出る。畑で採れたものはごみが出ず、残飯を畑に返すことができる。農業のよさに都会の人ぽど気づいている」と健二さんは語る。臼井家では、トイレはコンポストで水分を取り畑へ返す。洗濯や食器洗い、ふろで、洗剤やせっけんは極力使わない。「食器はお湯で洗えば十分汚れは落ちるし、ヘチマは体も食器も洗える。木炭と塩だけで洗濯も可能。せっけんを使わない方が本来のきれいな肌に戻るような気がする」と朋子さん。「洗濯物がきれいになる分、確実に汚れた水が下水に流れる。自分さえよければいいという考え方は、現代の競争社会の。原理と一緒」。健二さんの持論が熱く展開された。


玄米と野菜が中心 皮まで丸ごと食べる

今晩のおかずになる大根を収穫。畑はゴミがでないスーパーマーケット


最も衝撃を受けたのは、食に対する考え方。「地元で採れたものをその時に食べる」。当たり前のことのようで、季節に関係なく物のあふれる現代ではむしろ難しいことだと気づかされた。自然にかなった食生活は、体にも地球にも優しいようだ。無農薬有機農法を行っている臼井さんの畑に行ってみると、大根、小松菜、ホウレン草、チンゲン菜、豆、野沢菜、ネギなどみずみずしい野菜が育っていて、なるほどぜいたくなスーパーマーケットだ。彼らの食事は、その日食べる分だけ畑から採ってきた野菜を中心にした菜食で、主食は玄米。肉類や乳製品は、家畜の大量飼育が環境を破壊する”自然への負荷の大きい”営みだとして、食べないし動物がかわいそうなのでという。朋子さんは、野菜を皮をむいたりせず丸ごと調理する。キノコ類や海草、果物は自然食品店や地元の直売所で仕入れ、昆布と干しシイタケのだしで味付け。白砂糠や化学調味料、煮干しなどは一切使わず、工夫を凝らしたアイデアメニューはゲストにも好評だという。「肉や魚を食べなくて栄養面で問題はないのか」「精進料理のようで味気ないのでは」という疑問が沸いてきたが、食事を共にしてそんな思いはすぐに吹き飛んでしまった。大根の煮物、野菜いため、ひき肉を使わないマーボ豆腐、キノコと野菜のみそ汁、漬物…。玄米の味わい深さに驚き、慢性野菜不足の自分の体が喜んでいるのが分かった。「冬は体を温める野菜、夏は冷やす野菜が採れるんだから自然は実にうまくできている。季節外れの物を食べることで体が変調する。そんなに肉食しなくても穀類を中心とした菜食で、かえって体調がいい」


シンプルを楽しむ
思考 工夫 創造の喜び

食卓を囲む臼井さん一家。
自給自足の暮らしにあこがれて来た関西の若者も受け入れている


ものは最小限 臼井さんの家には遊び盛りの小さな子供が3人もいるのに、物のはんらんがない。リビングにはテレビもおもちゃも見当たらない。アンティークや手作りの家具に囲まれ落ち着いた部屋の中、子供たちは本を引っ張り出してきて静かに読んでいる。「子供たちには極力物を与えない」のが教育方針の一つ。おもちゃ入りのお菓子やカッブラーメンを欲しがることもあるそうだが、おもちゃもお菓子もテレビがなくても、子供たちは普段、全く不満を感じている様子は見せないようだ。「色や物の氾濫で煩わされ、思考が止まってしまう。プラスチックのおもちゃをやめたら子供たちもいいろいろ考えて遊んでいます。厳しい自然の中で過ごしてきた経験を持つ臼井さんは、「山登りの道具だけで充分暮らせる」と話す。突き詰めれば最低限の物だけで、自然の恵みを感じて生きるシンプルな生活に行き着く。数年前から宿を閉める冬の時期、家族でインド ネパール アジアをを旅していることも彼らに影響を与えている。「インドはエコロジーを地で行っている国。物を持たず寄り添い仲良く暮らしている姿を見ると、日本での生活は便利になり物が豊富になったが、精神的な豊かさは得られなかったと気付く。物を持たないシンプルな生活は時問を生み、お金がかからないばかりか、自分の手で作り出す喜びや工夫する楽しみも与えてくれる。本当に必要な物だけを見極め持つことで自由になれる」


シャロム共同体3月オープン
みんなの幸せを


21世紀を迎え、今後彼らのまなざしは何に向いているのだろうか。「20世紀は経済効率を最優先にあらゆる物を犠牲にして生きてきた。今こそ目に見えない本当の豊かさや幸せに気が付かなくてはいけない。21世紀は共存、共生がキーワード。自己利益の追求ではなく人類、地球全体を考え、自然とともに人問がお互いを生かし合うことが大切」その共生社会をめざして一歩前進しようと、3月オープン予定で現在、「シャロム共同体」の準備を着々と進めている。ヒュッテの隣に建設中の建物で、オーガニックのレストランカフェーや本屋、自然食品、フェアートレードの雑貨の販売など、さまざまな人が協力して経営する新しい方式をめざす。一人ひとりが主体的に自分の役割を持ち表現しようという試みだ。みんなが幸せになる社会を実現させるために、さまざまなアイデアで前進し続ける臼井さん一家から今後も目が離せない。


決して無理せず肩の力を抜いて


精神修行に行くような気持ちで覚悟を決めて訪ねたが、思っていたよりも臼井さん一家が肩の力を抜いているのにぽっとした。「こうしなくてはいけない」と、かなりな精神力を持って実行していると思いきや、「地球に負担をかけない暮らしは大事だと思うが、肩ひじ張らずにそれが自然のライフスタイルになっていけばいい」と決して無理をしていない。手作りすること、シンプルに生活することをとても楽しんでいた。臼井さんが行っているエコライフや農的暮らしは、実際確かにすばらしいことだったが、それ以上に目に見えない部分で感じるところが大きかった。要らない物に囲まれた暮らしが知らずに大切な時間を奪っていること。自然の声に耳を傾けることで、問違った方向に歩き姶めてしまった人類は軌道修正ができること。臼井さんの暮らしをそっくりまねすることはできないにせよ、無駄なものを少しずつでもそぎ落としていけば、立ち止まって何が本当に大切なのか、考える時間や余裕も生まれるのではないか。そんなにお金をばらまかなくても幸せに暮らせるのではないか−。自分の生活を見つめなおすいい機会になった。

【丸山記者】

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