安曇野便り NO.4 (2000年7月)
        困ったこともある
                   長野県南安曇郡堀金村  稲角 尚子

 信州に住んでるんだもん、今年の夏は毎日避暑に来てるようなもの・・・にな
るハズだと思ってました。なんのなんの、信州も暑い!今年の梅雨ははっきりし
てたから、雨じゃない日はお日様がカーッと朝から照りつけ、あっさり30度を超
え33〜34度になることさえあります。子どもたちは、登下校のほとんどを日除け
になるものが何もない田んぼの中を通るものですから、真っ赤な顔で帰ってきま
す。「高松では街路樹の陰や家の軒下を通ることができたし、図書館に寄って涼
むこともできた。今は草の臭いがムンムンする畦道を汗をタラタラ流しながらひ
たすら歩くのみ」だそうです。
 暑い夏、お元気でお過ごしですか?瀬戸の夕凪のモワ〜ンとした時間帯を思い
出すと今でも背中がジト〜ッと汗ばんでくるようです。信州も暑いけど朝晩は冷
んやりした風がそよぐので救われます。今もまだ長袖のパジャマを着て肌布団は
手放せないもの。

 そんな信州の夏、私たちは高原の空気を胸いっぱいに吸い込んで美しい北アル
プスの山々を歩き回っている・・・ハズでした、予定では。実際の私たちは、土
、日、土、日、・・・とすべて(!)の週末を家族全員で畑仕事に追われていま
す。借家の敷地だけでも十分広くて5人家族には十分な畑付きなのに、あろうこと
か一人暮らしの大家さんが5月下旬から膝を悪くしてしまい、畑仕事を手伝うハメ
になってしまったのです(決して強制された訳ではないのですが、外面のいい私
たちが手伝いましょうと深く考えずに申し出たためにドツボってしまった)。大
家さんの土地は田畑あわせて一ヘクタール以上。もちろん全てを私たちでまかな
える訳ではなく一部の畑をまかされているだけなのですが、それでも手に負えま
せん。パートナーは草刈り機を、中3の上の子は耕耘機をかけ、私と小学生二人は
畝の間をはいつくばりながら草をむしっています。アスパラの株が倒れないよう
に紐でしばり、キュウリやインゲンの支柱を立て、トマトやトウモロコシの芽か
きをし、サツマイモには高畝を作り、太葱には土寄せをし、堆肥を積み上げ、切
り返しをして・・・畑の仕事にはキリというものがありません。それでも、途中
で味噌をつけたキュウリを丸かじりしながら「ああ、おいしいねぇ」と言い合え
る今を幸せと思わなくっちゃ。それにしても、魅力的な山々を目の前にして、山
には行かずに黙々と汗だくになってやる畑仕事。「あこがれの農的生活だぜぃ」
・・・トホホ。
 
 近くのリンゴ園では5月初旬に白い可憐な花が咲いた前後から農薬散布がしょっ
ちゅう行われています。あちこちの農園で3日おき位にやる時期もあるものですか
ら、私たちにとっては毎日どこかで農薬散布されてるように感じる位で、早朝に
ブィ〜ンと唸りながら農薬が散布されている音が聞こえてくると憂鬱な気分にな
ってしまいます。リンゴは無農薬は難しいとは聞いていましたが、これ程とは!
!! 6〜7・位になってきたリンゴの実も葉っぱも今や農薬の色で白っぽくなって
います(冬に引っ越してきて初めてリンゴの木を間近で見た私は「リンゴの木っ
て白いんだ」と思った位です)。1年に合計20回以上は農薬が散布されると言われ
ているリンゴの木。これを4〜5回の散布に減らしている低農薬リンゴ農家が隣村
の三郷(みさと)村にあると教えてもらいました。今まで自然食品の店や自然派
生協を通じて、ただお金を出すだけで手に入れていた無農薬や低農薬の農産物。
その生産者がどれほどの決意と信念と努力で作り続けているか、三郷村の生産者
と知り合って少しは分かるようになりました。私たちに出来ることは、少々高く
ても少々虫喰いでも有り難く感謝して食べることだけ・・。
 うちの子どもたちが毎週末に畑を手伝っていると、いろんな人から「えらいね
ぇ。今どき珍しいねぇ」と感心されます。まして耕耘機をかけている中3生などは
、堀金村の農業の期待の新人といった扱いです。彼の将来は(本人が望む望まな
いにかかわらず)決まってきた?かな。

 さて前置きが長くなってしまいました。学校の話を続けます。前回、個々の教
師の取り組みや考えが少しずつ見えてきたという話をして、そこには様々な「お
便り」を通しての学校の情報公開の果たす役割も大きいことについて書きました
。学校の情報公開という意味では、「お便り」と共に「授業参観」や「懇談会」
も大きな役割を果たします。98年6月に当時の「香川・PTA問題ネットワーク」の
世話人で実施した高松市内の国公立小・中学校におけるクラス懇談会の状況調査
(通信18号に報告されています)によると、回答のあった小学校37校中年に2〜4
回という学校が29校。中学校19校のうち全くやっていないところが4校、年に1〜2
回が10校でした。私たち「香川・PTA問題ネットワーク」は、様々な教育問題が山
積みされている今の学校に最も必要なのは保護者と教師のコミュニケーションで
はないか、参加しやすいような工夫(曜日や時間帯、内容など)をして、もっと
学校の垣根を低くしていこうと主張してきました。学校の情報を公開して保護者
と問題を共有することなくして、どうやって子どもたちを教育するというのでし
ょう。
 今、こちらの小学校では授業参観が年に7回、中学校で年6回あります。小学校
では低学年と高学年で日をずらしてあります(知人の話によると学年毎に日が違
う学校もあるそうです)。その案内には「どなたが参観していただいても結構で
す。お近くの方にも声をかけ、遠慮なくご来校ください」と書かれています。授
業参観の時に学年レクやクラス毎の学習発表会があることもありますが、原則と
して授業参観とセットしてクラス懇談会が開かれることになっています(別に地
区担当の教師が参加しての地区懇談会も小・中学校共にあります)。一方、個人
懇談は小・中とも12月に1回だけ。1クラス約30人を4〜5日に分けて実施されるよ
うです。ちなみに学期末にもらう「通知票」は子ども自身で受け取ります。香川
のように、親が小さくなって受け取るということがないからいいですよね。
 高松にいた頃は、授業参観というとやたら道徳が多くて閉口したものです。以
前、担任の先生に「小学校高学年で算数についていくのが大変という声をよく聞
くけれども、実際どんな感じで授業されているのか参観できないでしょうか?」
と言ってみたところ「子どもたちの差が大きすぎて発表できる子が限られてしま
うので、算数を授業参観でやるのは難しいですね。保護者の方は、わが子が発表
する様子を見に来られるわけですから」と言われたことがあります。これでは、
算数の授業の大変さについて、保護者と教師が問題を共有することができません
。確かに「わが子」が算数で何点とれるかだけに関心のある親も多いだろうけれ
ども、だからこそ実態を公開して子どもが「わかる」ためにどんな支援が必要か
知恵を寄せ合う必要があると思うのです。
 転入して半年というのに中学校では数学・体育・国語・理科を、小学校では国
語・算数・体育・英語の授業を見ました。中学3年では例年英語の授業がコース別
学習になっているのですが、中2の最後の懇談会で「生徒の個人差という意味では
数学の方が大きいのでは」という意見が出、また今年度県教委から数学教員の加
配もあって一時中断されていた数学のコース別学習も再開されました。一方、小
学校6年生の方でも今年度は3クラスの子どもたちを4つのグループに分けてのコー
ス別学習が始まりました。これも、5年生の3学期に学年の先生たちから「きめ細
かく教えることによって、少しでも算数がわかるようにして中学へ送り出したい
」と学年懇談会の席上で提案があって実施されることになりました。情報が公開
されているからこそ、保護者も納得の上で新しい試みが実施されることになりま
す。もちろん学年通信を通して「いつ算数の授業を参観に来ていただいてもかま
いません」という案内がありました。

 このようにして学校の中の情報が公開されると、前回最後にちらっと触れた「
問題ある実践」も見えてきます。もちろん、子どもの口から「あれっ?」と首を
かしげるようなことは新学期早々聞いてはいたのですが、たびたび授業参観し、
懇談会で話をすることがなければわからなかったでしょう。

 小学校3年になった下の子の担任教師は新しく赴任してこられた若い男の先生。
教師になって7年目という方です。とにかく授業のテンポがベラボーに速くて大変
なんやという話は娘から聞いていました。そしてまたノートをきれいに書かなか
ったら書き直しになるということも。でもまぁその辺は、まだ若い先生で低学年
の子どものペースがわからないだけだろう、そのうちゆっくりになるだろうと思
ったし、6年生の真ん中の子の字がきったないので(私がたまに丁寧に書くんだよ
と言う位ではよくなるハズもなく)、学校できれいに書くよう言ってくれればま
ぁいいかな、くらいに娘の話を聞くかぎりでは軽く考えていました。
 
 ところが授業参観してわかってきたのは、そのF先生が若いにもかかわらず「信
念をもって」やってるということでした。
 4月に参観したパートナーが「とにかく次々に指示を出して子どもたちはそれを
やらされてるって感じなんだ。授業が息つく暇もなく、どんどん進む。あれじゃ
あ子どもは疲れるよ。ノートを見せに行く子どもたちに『あっ、これは定規を使
わずに線を引いてる、やり直し』『はい、A』『はい、ダブルA』『これはちゃん
と間をあけずに書いてる、先生の言った通りにしてないから、やり直し』とかや
ってるんだ。確かに今のうちにノートを丁寧に書くというのを教えるというのは
一定の意味はあるかもしれないけれど、文字を線で囲む時には定規を使うとか、
日付を書く場所も書き方も決まってるとか、AだのBだの毎回評点をつけるっての
はどうかと思うよ」と言っていました。パートナーが参加した初めての懇談会は
自己紹介だけで終わったし、なにぶんにも新学期始まって1週間くらいしかたって
ないので様子を見ようということになりました。
 6月初めに今度は私が参観に行きました。2時間分参観して、体育はあまりにも
子どもたちがきびきび動くので驚きました。決して怒鳴ることなどないのですが
、たとえば2列に並ぶ時も速い順に2人一組で前から次々に手をつないで座ってい
き、動作が遅い子も後ろの方でなんとか間にあって2人一組で座ります。そして基
礎感覚技能を育てるとかいう支持倒立・カエルの足うち・カエル逆立ち・ブリッ
ジなどを次々にやっていました。そのあとのドッジボールに移行する時も動きが
すべて駆け足で行われており、とにかく子どもの動きがマニュアル化されている
ような気がしました。次の国語は、体育で汗だくになって水道の蛇口で水を飲ん
できたりトイレに行ったりして駆け足で教室に戻ってくる子どもたちを待たずし
て始まりました。F先生が手にしているフラッシュカードと称する漢字のカードを
瞬時に読むことからでした。あくまでも「ゆっくり」ではなく「ぱっと見てぱっ
と答える」のです。百人一首は班に分かれて20枚ずつやっていました。これから
トーナメントでやるという話だったのですが、まさかそれが強い子の班から順に
序列化されて『勝てば上の班に上がり負ければ下の班に落ちる』ゲームの始まり
とは、その時は知りませんでした。そのあとの漢字ゲームも  という形の中に
隠れている漢字をたくさん探すというもので、授業のあいだ中「はやい子はかし
こい!!」を連発されるので、私は不快を通り越して怒りがわいてきました。
 さて、このあとの懇談会でのF先生による授業の説明と、それに対して私はどう
思い、どう行動しようとしているか、この続きは次回にお話したいと思います。

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