安曇野便り NO.11  (2001年2月)  常念をみよ!

                    長野県南安曇郡堀金村 稲角 尚子

今年は雪が多い年に当たったようです。安曇野の中でもこの辺りは積雪が少ない
方で「20〜30cmくらい積もるってことは、そうさねぇ年に4〜5回ってとこかねぇ
」と聞いていました。「でもここから30〜40分も車で走れば雪の降り方がうんと
違うよ。大町から北は冬中雪かきでそりゃぁ大変さね」と言われて、この辺りで
よかったと胸をなでおろしたものです。でも、3年前の長野オリンピックの年に、
ここでも「100年に一度の」大雪が降ったとか。「そりゃあもうすごかった。あっ
という間にずんずん積もって車も立ち往生。松本の職場から家に帰るのに3時間近
くかかってね」と近所の人も話していました。その「100年に1度の」大雪を3年後
に私たちも経験することになろうとは・・・。
1月最後の週末。本州の南岸を低気圧が通過する時が大雪になりやすいとは聞いて
いましたが、今回もまさしくそれ。土曜日の朝起きたら20〜30cmの積雪で、例に
よって「少年雪かき隊」が出動してせっせと雪をかいていましたが、あとからあ
とから積もります。大家さんの家に出動した彼らが1時間ほどして戻ってきたら15cm
、ちょっと休憩したらまた20cmという具合。夕方近くまで降り続いて、結局その
日は70cm程度積もりました(松本市内でも64cmの積雪になったそうです)。
もちろん道路には雪かき車が出ているのですが、こう降り続くと間に合わない。
どこも家の雪かきだけでも大変な労働であるはずなのに、翌日曜日には父母や教
職員、子どもたちなど約400人が小学校の雪かきに繰り出したそうです(前夜に電
話連絡網が回ったようで、遠方の家庭は外して下さったらしい)。雪で埋まった
歩道に幅1mほどの通路を開け、校門から校舎への道をつけて・・月曜日からの登
校に備えて、通学路確保のために雪かきに汗を流して下さった方々。地域に支え
られる学校という言葉はまさにここにありと感じます。
雪かき車でかいた道路の脇には雪の山。車がすれ違うのに難儀するところもあち
こちにあります。そんな道路の幅を少しでも広げようとスコップで雪をかいて下
さっている方。残った雪が凍結して固くなっているのが危ないからと汗をかいて
いる方。そんな人たちの中を車で通りすぎながら、私は頭を下げっぱなしです。
「たんと降ったもんだね」と声を掛け合いながらの雪かき作業。こんな地に住ん
でいると「ひとりで生きているのではない」という当たり前のことを実感します
。ひょっとしたら、こんな雪かきを体験できるってことが最も貴重な「教育」に
なっているのかも?
わが家の「雪かき少年隊」が家の前の道路を雪かきしていた時に、100mほど離れ
たところで対向車とすれ違うためによけた路肩で雪の中に埋もれてしまって動け
なくなった軽トラがいたそうです。中3と小6コンビがすっとんでいって押してあ
げたら「やっとこさで動いた」とのこと。そうしたら、数日後ジュースを一箱持
ってこられたのにはびっくり。恐縮し固辞するのですが「あんときゃ助かったよ
。うんと褒めてやってくれや」とニコニコしながら置いていかれました。助け合
いの気持ちに副産物あり。こうやって子どもの心はさらに大きく育てられるもの
なのでしょう。
大雪で身動きの取れなくなったドライバーに、近くの人たちがおにぎりやパンを
差し入れたとか、食堂を経営している夫婦が暖かいみそ汁を配ったとかいう記事
が地元紙に掲載されていました。大雪は大変なことには違いないけれど、あちこ
ちにちょっとしたこんないい話もあって救われます。

さて、入試のシーズンになってきました。世間では受験生と呼ぶお方がうちにも
一応ひとりいます。公立高校の願書提出の時期になり、いよいよという緊張感が
みなぎっている・・ハズです、たぶん。
そこで今回は、ようやく少しずつわかってきた長野県の入試の状況、中学校での
進路指導について報告したいと思います。
1974年以降、長野県の全日制普通科高校には12の通学区が、そして全日制専門学
科および定時制高校には4つの通学区があります。隣接する通学区も受けることが
できますから、受験可能な学校という意味ではかなりの数になります。但し、ど
の通学区も同じ日(今年は3月13日)に長野県下同じ入学試験がありますから、実
際に受験できるのは1校のみ。定員があって選抜制度をとっているという点では、
同じ日本ですからもちろん同じです。でも、どうもその入試に向けての中学校の
様子が香川とは様々な点でだいぶ違う感じです。(うちは現在中3の子が一番年長
の子だし親も香川出身ではないため、香川県の入試の状況がよくわかっているわ
けではありません。ですから、ひょっとしたら誤解や間違いがあるかもしれませ
んが)いくつか香川と大きく異なる特徴的なことについてまとめてみたいと思い
ます。
1. 中1、中2はテストの順位がつかない
ここでは、中1中2で実施されるテストは年5回の定期テストプラス春休みと夏休み
明けの復習テスト。いずれも5教科(実技科目については授業の中で小テストをす
る場合もあるとのこと)。その5教科それぞれについては10点ごとに、5教科の合
計点については50点の幅での度数分布表が成績表についてくるので、学年の中で
のだいたいの位置を知ることができます。でも順位はつかない。香川にいる頃、
息子は一学年360人という大規模校にいて、当然のように中1の初めから学年順位
がついていました。成績表に印鑑を押すたびに、360人中300番とか350番とか、そ
してもちろん360番という数字がつく子も当然いるんだよなぁと思っては、その度
にやりきれない気持ちになったものです。こういう順位をつけることで子どもが
「奮起する」とかそういうプラス面(といっても些末なプラス面だと思うけれど
)はホントにあるのでしょうか?むしろ「自分はもうあかんわ」とあきらめてし
まうとか投げやりになることの方が多いのでは?建前では誰もが「人間、勉強だ
けじゃない」と言いますが、学校で(特に中学・高校で)幅をきかせている「勉
強」の成績順位。香川では順位を出さないなんて考えられないような雰囲気だっ
たけれど、ここでは少なくとも中1と中2に関しては順位を出さないってことが成
り立っています。中3でも成績表には記載する欄はなく同じく度数分布表が添付さ
れていますが、担任の先生が鉛筆で総合点のところに薄くそっと書いてるのが学
年順位。受験を意識しての措置として要望があってのことなのかしら?(やっぱ
り心が重い)
2. 県下一斉の試験がない
香川では「診断テスト」と呼ばれる県下一斉の統一テストが、中1・中2では年1回
。中3では「診断テスト」が年5回、加えて入試前に実施される「総合テスト」が2
回あって、これらのテストでどのくらいの点数が取れているかが志望校決定に大
きな役割を占めているようでした(それ以外に、香川では中3でも定期テストはち
ゃんと5回あるし、「校内テスト」と呼ばれるものがさらに3回あるそうで、合計
するとテストの回数すごいよね)。この県下一斉の統一テストで、生徒に偏差値
とか地区での順位を示すなんてことはないそうですが、学校ごとの(学校名は伏
せた)成績一覧表がずらりと教師用資料になっていて何点の子がどれくらいいる
かということは教師にはわかっているそうです。これが結構「進路指導」に威力
を発揮しているらしい。塾ではもっと精密な分析をしているところもあって、こ
の診断テストの点数でA高校だったら何点以上、B高校だったら何点以上なんてい
う難易度表まで配布されているという話も聞きました。
長野では、こういう統一テストがありません。中3の1学期の中間テスト・期末テ
ストまでは中1中2の子と同じペースでテストがあり、2学期以降は定期テストはな
くなって総合テストと呼ばれるあくまでも校内のテストが5回。このテストは入試
の出題傾向を意識してそれぞれの学校で各教科の先生たちが力を入れて問題作成
している感じです。
じゃあ、統一のテストなしにどうやって進路指導をしているのかというと、その
学校での過去何年間かのデータと近隣の学校との情報交換をもとにやっていると
のこと。過去のデータの比較と言っても、たとえば昨年の3年生と比較するといっ
ても難しいのでは?と担任の先生に聞いてみたら、だいたい同レベルの問題にな
っているという前提があってのことだけれど、確かに比較が難しい場合もあるの
で昨年の同じ時期の試験問題をそのまま使ってみて比較する場合もあるとのこと
(その場合は問題用紙は回収するのだそうです)。これは単に点数比較というだ
けではなく、たとえば今年の3年生が数学のどの部分でひっかかっているかを比較
分析して指導に生かすということもあるらしい。とはいえ、覚えている問題を集
積して塾などで対策とるなんてことはないのかな?と思って、息子に「どんな問
題だったか覚えてる?」と尋ねたら「そんなん、覚えとるわけない」そうな。こ
〜ゆ〜のんびりやさんが多いところだから成り立つ技なのかもね、過去のデータ
比較ってやつは。
この県下統一テストがないなんて最近のことかと思って中学の校長先生に尋ねた
ら、もともと長野県には統一テストはなかったとのこと。へ〜え!そういうとこ
ろってあったんだ!と驚きでした。でも校長先生に言わせると「そういう統一テ
ストがあってデータがポンと出てくる方が教師はダンゼン楽ですよね。振りかざ
したり脅すためにデータを使うのではなく、子どものために使うってことはでき
るはずだし」とのこと。ここでの三者面談(中3の12月に一度だけ)はそういう一
応客観性があって信頼できる(?)学区共通のデータがないから、けっこう大変
だとも聞きます。中には「何が何でもあそこに行きたいんだ」という子もいたり
して、先生は「う〜ん、難しいかもしれんぞ」なんて言いながら一緒に悩んだり
ハラハラしなければならないそうです。
学校が関係する統一テストがないので、うちの息子のように塾にも行ってないと
なると他にな〜んにも情報がない。これをホントの「井の中の蛙」と呼ぶのでし
ょう。彼が受験するのは公立1本だし、あんまりか?と思って、大学受験対策が本
業の予備校がやっている中3生対象の高校入試学力テスト(年9回)というのを12
月に1回だけ受けさせました(受験料3000円)。でもこれもみんなが必ずしも受け
るわけではないし、その時の受験者数もそれほど多くなかった(25%程度)ので
参考になったという程でもありませんでした。
3. 私立を併願する子は少ない
香川では併願は当たり前。しかも担任の先生から「滑り止めは一校でいいのです
か?」と聞かれる人もいて複数校受ける人もいるそうです。
こちらでは、学校が発行している「進路通信」の中でも「志望校決定はよ〜く考
えて」と繰り返し書かれていたし「入学する気のない私立を受けるのはやめまし
ょう」とも書いてあって私の目を引きました。そうなのです。本番前の練習とか
滑り止めとかいろんな意味合いはある併願校受験ですが、「ホントに入学する気
はあるのか」「入学金、授業料は払っていけるのか」と冷静に考えてみることは
確かに必要だと思います。
1学年上の近くの子が公立1本を受験したと昨年聞いた時「ここにはそういう子も
いるんだ」と思っていたら、校長先生の話によると「う〜ん、8割がたは公立1本
かなぁ」とのこと(2月20日に実施された私立高校の一般入試に行ったのは息子の
クラス30人のうち4人だったそうです)。昨今の日本全体の受験事情からいくと珍
しいよね。これにはほとんどの私立高校の入学金支払いの時期が早いこと、中に
は県立高校受験の日に入学オリエンテーションをやる学校もあって併願がしにく
そうな事情も関係しているのかもしれません。
4. 倍率が高い!
願書提出の時期がちょうど今の時期(2月16日〜23日)で、まだ志願者数や倍率は
わかっていません(志願変更の時期を経て最終志願者数がわかるのは3月5日だそ
うです)。でも、1月末の時点で県教委が調査した志願者予定数が報道されてびっ
くり。長野県全体での公立全日制の平均倍率は1.03倍。私立は0.70倍。公私合わ
せれば全入の容量はあるわけなのですが、高校によって倍率に大きな差がありま
す。ここの通学区でも特に松本市にある全日制普通科高校はどこも志願者が多く
て280人の定員に対して391人、422人、438人などという高校があります(息子が
志願している高校も320人定員に対して407人でした)。もちろん今回の報道結果
で願書提出にある程度変更はあるでしょうが、香川県の普通科高校での1.01倍と
か限りなく1.00倍に近い数字を見慣れていた身には驚きでした。これは、特に郡
部では中心部の高校に出ていくことへのあこがれや大学進学への希望も大きくな
ってきていること、そして進路指導に本人の意思が最大限尊重されていて「入れ
るところではなく行きたいところへ」という志望校決定になっていることが関係
しているようです。
一方で、昨年の実際の入学者数を見ると280人定員の高校で289人とか287人いうと
ころがあったり、320人定員の高校で326人だったりしています。これは校長裁量
で多少の人数は何とかなるってことらしい。以前香川のある高校で、厳密な進路
指導の結果(?)志願者数が定員を1人オーバーしていたら、ちゃんと不合格者が1
人いて、これが香川だよなぁと妙に感心したことがあります。「きちんと」とい
うことに対する姿勢がだいぶ違うのかな?
とはいえ、倍率が高いということは涙をのむ子がいるってことですよね。私立高
校や県立高校の全日制でも二次募集のあるところがあるし、定時制高校の追加募
集、通信制高校の募集もあるのですが、やはり中学浪人になる子もいて、今年受
験する志願者予定数24253人のうち過年度卒は長野県全体で198人だそうです。

15才で味わうにはつらすぎる試練の時。だからといって厳密な進路指導によって
志望を変えさせられても悔いは残ることでしょう。
長野県は「自由な選択を可能にしたい」という新知事発言をきっかけに12通学区
制を廃止することについて検討されることになりました。また、中高一貫校につ
いてはいわゆるエリート校になってしまうとして「作る意味はない。いらない」
と知事が発言して、今年は導入は見送られることになっています(もちろん賛否
両論あって、議論は始まったばかりです)。障害児の高校進学については、養護
学校高等部への進学はもちろんあります。でも一般高校に身体障害児や軽度の知
的障害児が合格して進学することはあっても、「定員の枠内であればどの子も(
重度の知的障害児であっても)受け入れよう」という広島や大阪のような動きは
今のところなさそう。(小学校入学時点でも「障害児を普通学校へ」というニー
ズ自体が都会に比べるとずっと少なそうです)

制度をどんなに変えても選抜をする以上どこかに問題は残ると思います。でも、
要は行きたいという気持ち。大学院の試験などは最近かなり融通のきくところが
あるようです。ペーパー試験の点数よりは、結局はどれだけ学びたがっているか
、やる気があるかを問題にするところが出てきているとのこと。予備校に入学試
験問題づくりを依頼する大学も出てきている一方で、受験秀才ではなく、その分
野の学問がホントに好きでやる気のある学生をとりたいと試験問題をつくるのに
相当のエネルギーを費やしているところもあるといいます。
人が人を選抜するってことは、なんて困難で、なんて傲慢なことでしょう。受験
する人も、心を鬼にして選抜する人も(と信じたい)、それを見守るしかない人
も、それぞれにしんどい季節です。
受験シーズンが本格化してきました。進路通信には「今までの自分を信じて」「
最後まで粘り強く頑張れ」などと書いてあり、最後に「常念をみよ!」と太字で
書いてありました。「見たらどうなるんやろ」と息子が相変わらずのんびりと言
うので「あれだけ毅然としてる常念岳(2857m)を見てたら勇気がわくんちゃう?
」と言うと「そんなもんかな」だそうです。先生の心子知らず、ですわ。
雪景色の安曇野の中で、常念はひときわ清々しく誇り高くそびえたっています。

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