| 広島ミーティング 2009.11.
http://blogs.yahoo.co.jp/mugifumifan/folder/904179.html
本日、無事にワークショップが終了いたしましたことをご報告いたします。
ボンゴの仕様変更は、サブタンクから山野式熱交換機につなぎ、重機用大型フィルターを経由して3方切り替え弁にいき、電磁ポンプをいれてエンジンへ、、 までしかできませんでした。(リターンの配管までできなかった。。)
一応、参加者の皆さんの前で、軽油でエンジンをかけ、熱交換器がぬくもったところで天ぷらラインに切り替え、天ぷら油に切り替わってもエンジンがちゃんと動きましたーってデモンストレーションして、お開きに。。
手間取った理由は、配管ミスによるエアカミがきちんと対処できなかったためです。
(おそらく)切り替え弁をエンジンより高い位置に設置したためと、燃料ホースと金物の径がミスマッチでおこったエアカミではと。。
予定していた形まで達せなかったことは残念でした。
でも、ワークショップ的にはとても充実していた! と思ってます(笑)
山野さんに来てもらえて、ほんとに良かったです。
そして、ブレンディー倉田さんが運転手兼、サポーターとして同情してもらえたことにホントに感謝感謝です。
鹿児島から、タケヨシさんもゴルフVに乗ってかけ付けてくれました。
午後から、車座になって自己紹介と雑談の時間がありました。 その時間がとても良かったです。
フリートークのような形で、天ぷらカーにのる魅力や喜び、問題点もトラブルも重大事故に繋がりかねないことも含め、技術と知識を自分のものにしてく大切さを皆で語れました。
また、当日の様子などブログにでものせれたらと思ってます。 簡単な報告でスミマセン。
p.s.
なんと! わたなべさんから差し入れが届きました。
ホントにありがとうございます!
今日、みんなでいただきました。
岩本さん、たしかにグロープラグ受け取りました!
また時間がつくれた時にボンゴを完成させます。
その時に、ハイエースとボンゴに取り付けたいと思ってます。
ありがとうございました。
家門さん!
伝言受け取りました。 同感です。。
ありがとうございます。
伊豆神さん、ヌカクドで焼き芋!
使い終わった籾殻薫炭を火消しペール缶に移しますが(我が家では)その中に芋を入れたら良いのができないかな、、?
と思いました。 今度やってみます〜。
つい、ヌカクドには喰いついてしまいます!
天ぷらカーに出会え、メーリングリストに参加でき、ホントに良かったなーと思えた一日でした。
みなさん、ありがとうございます!
山野さん、丈義さんご無事で何よりです。倉田さんの安全をお祈り
しております。
お疲れ様でした。そしてありがとうございました

山野さんの言っておられた「天ぷら油を燃料に選択することは生き
方を選択すること」というのがとても心に残っています。天ぷら油
で四苦八苦しているけれどそういう苦労を全然見せずに家族と向き
合い、普通に都会生活をするというのがとてもかっこいいです。僕
ももう少しかっこよく生きることに気を遣ってみようと思います。
それにしても、倉田さんの要領を得たアシスト、すごかったです。
丈義さんは廃油とのつきあいをちゃんと数字をおさえてまじめに取
り組んでおられるので、感心しました。
丈義さんが話しているだけで「天ぷら油維新」の気分でした。
どうもみなさん、遠方よりありがとうございました。
耕太郎君もご苦労様でした。
伊豆神です。
秦さんの写真で、山野さんのがんばりぶりが垣間見れました。
山野さんは、(お疲れのところ勝手な妄想ですスミマセン)
HOP:我が家での夏の伊豆の学習会
STEP:今回の秋の広島のワークショップ
JUMP:今度はもっと大きな影響を日本に与える何か が
待っているような予感がします。
山野さん、というよりWVOの皆さんで、来年あたりは
何か『はじける』って感じかな?
つっちゃん は 既に『仲間』ですよ。
WVO化しないと仲間になれない、なんて思わないで。
わたしも(発電機の)WVO化、まだだし・・・
つっちゃん、年を取ったら次の世代の日本を救うキーマン
になっている(第2の臼井さん?)そんな気がします。
早く年老いて、はじけて、下さい!?
ヘンな占い師みたいになっちゃいました m(_ _*)m
こんばんは山野です。
広島でのワークショップの報告を数回に分けてさせていただきます。
今後、皆さんのお役に立てると思い、長文になると思いますが、投稿させていただきます。
現在、ライトエースは和歌山の岩本さんの所で修理中です。
倉田さんは次の旅へと出発されました。
今回、東京ー広島との往復は私にとって修行のような、精神的にも肉体的にも辛いものとなりました。
メーリスの皆さんのお陰で、全てのトラブルをなんとか乗り越え、無事に東京にたどり着くことができました。
感謝しても感謝しきれないそんな思いが今現在もあります。
全日程、4泊5日、順を追って、少しずつ報告させていただきます。
出発日、10月30日
始動性が悪くなっていたライトエース。
広島の坂本家は山間部にあり、冬はとても寒いと聞いています。
気温が一気に下がり、ワークショップでエンジンがかからなかったら大変だ、と思った私は、3方便を取り付け、緊急時に軽油で始動できるように仕様変更。
また、家門さんや小出さんにも個メールやお電話にて相談に乗ってもらっていました。
新子さんのSVO化で電磁ポンプOFF時の流動性について問題があったことを反映し、新規で取り付けていた電磁ポンプを経由する配管を取り外しました。
近所を試運転、燃料漏れがない事を確認します。
出発の時間は夕方5時。
金曜夕方の大渋滞にはまり、倉田さんは8時頃やってきました。
京都の実家での仮眠はあきらめましたので、大したおくれではありません。
二人で交代すれば昼の12時に約束している尾道の親戚には間に合いそうです。
また、朝方、家門さんと西宮のサービスエリアで待ち合わせ。
これは、小さな灯油用フィルターのエア漏れを直してもらう為と、森本号ワークショップ以来の再会をかねた軽い気持ちのものでした。
東名高速用賀ICから山陽道尾道ICまで高速、その後、一般道で坂本家まで、およそ、800kmの旅がスタートしました。
高速に乗り、配管系等をいじった直後のため、一番初めの港北PAで燃料漏れを確認するため止りました。
高速に乗ると、さまざまな所が過負荷になり、燃料漏れが起こるかもしれないのでいつもそうしています。
この確認が私たちの命を救うことになったような気がします。
車を降りると、子供のおしっこのように漏れています
エンジン下回りは廃色油でべたべた。
走っていた道路にはお漏らしの後がついています。
漏れている場所は一目でわかりましたので、繋ぎ直します。
PA内を1周。
戻ってくるとまた違うところが漏れています。
直して1周。
戻ってくると、今度は3週間前に取り付けたインタンクポンプから漏れています。
倉田さんはとても不安な顔をしています。
私は、直せるけど、家門さんや親戚、坂本さんたちを待たせることになることを懸念していました。
インタンクポンプはノーマルフィルターの下部に取り付けてあり、取り外すのに時間がかかることが予想されました。
倉田さんは不安のあまり、和田さんと連絡を取っていたようです。
まったく信用されていませんでした。
「12時になっても直らなかったら帰ろう、家門さんが替わりに広島で講演してくれるよ、って和田さんが言ってるよ」
今となっては当然ですが、時間に追われ出しテンパッテル私には、とても目の前の問題解決をしようという姿勢には見えず、ただの広島行きをやめさせようとしている人、そんな風にしか私にはうつりませんでした。。
心優しい倉田さんは、そんな私を察して、少しはなれたところのベンチなどで仮眠を取っていました。
今考えると、仙台から10時間かけて東京までやってきており、これからも運転しなくてはいけない倉田さん。
同じように辛い時間であったはずです。
11時頃、家門さんと連絡を取り、電磁ポンプを用意して西宮で待ってもらう約束しました。
このとき、どのようなアドバイスを頂いたかわかりませんが、とてもありがたいなあと感じていました。
ああ、味方が西宮で待ってくれている、そんな気持ちでした。
何とか2つのポンプを取り外したり、取り付けたらり、落ち着いたのが11時半。
日付が変わる12時に間に合わせました。
「12時前に直すことが出来ましたので行きましょう」
倉田さんにそう言って出発。
3時間が経過していました。
このとき、リターンを疑っていました。
出口が狭くなっているから車は動くが燃料が漏れる。
電磁ポンプを止め燃圧を押さえることで問題を解決できたかのように思えました。
日付が変わり、31日
次の海老名SAのガソリンスタンドによります。
マフラーなどに付着した廃食油の温度が上がり、発火する事を倉田さんは心配していました。
リフトで車の前部を上げてもらい、ホースで水をかけて廃食油を洗い流します。
マフラーからは湯気が立ち込めます。
と同時に、廃食油も流されていくようでした。
念入りにパーツクリーナー(1500円、高いなあ〜)を購入。
下から上から、エンジンルームを洗浄しました。
私たちは代わる代わる、眠い目をこすりながら、だましだまし家門さんの待つ西宮へ向かいます。
西宮の手前はジャンクションが多く、朝7時でも渋滞すると家門さんがおっしゃっていたので、トイレの時間も惜しんで先を急ぎます。
倉田さんはとても優しく、私を気遣い、無理をして運転してくれました。
車はとても調子よく、燃料漏れもなく走りました。
6時半、大阪周辺は既に渋滞が始まっており、家門さんの待つ西宮名塩SAになんとか到着。
家門さんはおおらかな笑顔で私たちを迎えてくれました。
そして朝食まで用意してくれています。
1年ぶりの再会を喜ぶ間もなく、エンジンルームを覗き込みます。
電磁ポンプの不具合を確認、2週間後山田周生さんのSVO化で使用する貴重な電磁ポンプを和田さんから受け取り、私の車に取り付けることに。
申し訳ない気分でいっぱいでした。
ご自分のスイッチやパーツ類を無償で提供してくれました。
私たちの到着時間を予想し、和田さんから電磁ポンプを受け取り、朝ごはんを買って、睡眠時間を削ってきてくれています。
家門さんは全くそんなことを恩着せがましくしません。
パーツ代などの実費だけでもと言いましたが、コーヒーさえも奢らせてはくれませんでした
ただ、妻の作った黄粉のクッキーだけは受け取ってくれました。
こんなすばらしい人と知り合いになれた事に喜びを感じ、とても幸せな気持ちになりました。
カッコよすぎます家門さん!
本来の目的、小さなフィルターのエア漏れを直してもらい、広島に向けて出発。
時間は11時になっていました。
明日のワークショップでの一番大事な内容はこれだな。
「自己責任」
今日体験した事をそのまま参加される方々に伝えよう。
そう思いながら先を急ぎました。
ぽかぽかした陽気が眠気を誘います。
山陽道に入らなければいけなかったのに、気がついたらジャンクションを通り抜け、中国自動車道へと入っていました。
カーナビがあるから安心しきっていました。
およそ30分ほどの遠回りとなりました。
12時に尾道の親戚へおとづれる予定でしたが、大幅に遅れ、逐一到着時間が変わっていきました。
中国自動車道を走行中、お漏らしした燃料分、遠回りした距離分、燃料が足りない事に気づきます。
緊急用に用意していた賞味期限切れ油を2L程入れます。
荷台の衣装ケースでろ過しながら走りましたが、濾過スピードは遅く、追いつきません。
次のサービスエリアまではギリギリのようです。
時間と燃料の確保に追われながら先を急ぎました。
衣装ケースに残っている僅かな濾過済みの燃料をタンクへ送り込む為、走行中に三方便を切り替え、インタンクポンプのスイッチを入れ、たとえ500ccでもと思い、給油しながら走ります。
透明のホースから燃料が流れているのが目視でき、安心感につながりました。
しばらくして、エアが入ってきました。
衣装ケースの燃料が底をついたのです。
三方便を切り替え、メインタンクからの給油に切り替えます。
そして、インタンクポンプのスイッチを切った時、突然エンジンが停止しました。
下り坂の為、ニュートラルに入れると、車は惰性で走っています。
安全な所までと思いましたが、目の前にはトンネルが現れました。
仕方なく、路肩に停め、再度始動を試みます。
一発で始動。
家門さんに整備してもらい、安心しきって走っていましたが、また不安を抱えながら先を急ぎました。
今考えても、何故あの時あんな事が起こったのか、原因はわかっていません。
スイッチの電源を取る位置の問題かもしれません。
福山SAで無事給油、尾道ICを降りて親戚の家へ着いたのは3時。
静かな高台にあるお寺です。
初めておとづれるその場所はとても綺麗に掃除が行き届いていました。
嫁いだ親戚の人柄、その生活が垣間見られます。
僅か30分ほどの再会でしたが、訪れて良かったと思うと同時に、広島へ呼んでくれた坂本さんや石岡さん秦さんに感謝しました。
そして、坂本家へ到着。
私はなだれ込む様に車から降りました。
周囲は暗くなりかけています。
多分4時半頃だったと思います。
家を出発してから20時間後の事でした。
昨日生まれたばかりのこぶた達が迎えてくれました。
10匹ほどいるうち、1匹は体が小さく、亡くなっています。
2歳のなると君は大粒の涙を流して「しんじゃった〜しんじゃった〜」と泣いています。
坂本さんはなると君を抱きかかえ、「しんじゃったね〜しんじゃったねえ〜」と言っています。
東京に置いてきた家族をだぶらせ、無事着いた安心感と、2人のやり取りに涙が出ていました。
明日WVO化を迎えるボンゴ、濾過システム、ペール缶ぬかくどをメインにしたシステムキッチン等を見学していると真っ暗になりました。
倉田さんが沸かしてくれた五右衛門風呂に入ります。
とても静かな時間が流れました。
坂本さんは子どもを抱えながら、豚の餌やりや、こまごまとした仕事を片付けています。
奥さんはペール缶ぬかくどをメインとして器用に使いこなし、子どもをあやしながら調理しています。
ここの家族は、夫婦2人がバランス良く子どもの面倒を見てよく働いている、そんな印象でした。
この日は、地ビールとイノシシ、そして心のこもった温かい奥さんの手料理を美味しく頂き、早めに床につきました。
「あーいれちゃった〜!」
朝4時、自分の寝言で目が覚めます。
横に寝ていた倉田さんを起こしてしまったようです。
「どうしたの?」
半分笑いながら、半分迷惑そうに、半分楽しそうに倉田さんは聞いてきます。
2階の窓からはライトエースがほぼ満月の月明かりの中に浮かんでいます。
「いやーいつものクセで夜のうちにろ過しようと、衣装ケースの濾過装置に燃料を投入しちゃったんです」
「うん・・・・・」
「今日のワークショップのとき、廃油が入ったままだと移動の時重いし、衣装ケースが重さで割れる可能性があるんです」
「ふ〜ん・・・・」
倉田さんは寝床に着き、いびきをかき出します。
しばらく寝られなくなったので、散歩をしようか迷いましたが、今日の講演の事を月明かりと星を見ながら考える事にしました。
そして昨日起こったトラブルを思いだし、どう伝えようか考えました。
そして、1時間ほどしてもう一度寝る事にしました。
7時に起床。
簡単に朝食を済ませ、エンジンをかけます。
少し緊張しましたが、スムーズにエンジンがかかります。
10分ほど暖気をし出発。
坂本家の実家により車を止めたときです。
爆音と共にあの、ブログで見たボブキャットがやってきました。
秦さんの登場です。
この日のために公道を走れるようにナンバーを取得されたそうです。
いやー笑っちゃいました。
その登場のタイミング、爆音、そして何より、秦さんの楽しそうな顔!
秦さんていい顔してるんですよ〜。
ああいう顔って得ですよねえ〜。
女の人にももてると思います。
坂本家の実家で坂本さんのお父様、お母様に挨拶した時です。
きのこの入った段ボール箱を見せられ、手紙を見せられました。
白州の渡辺さんからの差し入れです。
手紙の内容にぐっと来てしまいました。
なんだか私を子どものように思ってくださっているように感じました。
「なんて粋な計らいをするんだこの人は!」
みな口々に言っています。
坂本さんのお母さんも、
「天ぷら油で走る人たちは家族みたいなんだねえ」
って言っています。
私は良くわかりませんが、照れ笑いしていました。
坂本家から車で15分ほどの会場に到着。
今日の参加者は20人ほどだそうです。
福井県から参加されている方、もいらっしゃいます。
まさしく、海を越え山を越え参加されています。
午後、天気が崩れると言う予報。
会場の車寄せに屋根があるので、そこで坂本さんのボンゴをWVO化させる事に。
鹿児島の丈義さん、坂本さんのハイエース、私のライトエースを並べます。
続々と参加者が集まってきます。
50代、60代の男性の方が主流です。
入り口にはお茶、箱みかん、などが並べられ、とてもアットホームな雰囲気。
プロジェクターが設置され、私のパソコンを倉田さんが繋いでくれました。
出発前日に、過去の写真から自己紹介、山野号仕様、濾過装置、その他と区分けした写真を映し出します。
倉田さんは話の内容に応じて写真を映し出してくれていました。
というか、私の後ろにプロジェクターがあるので、何が映し出されているのか、全くわからない状態です。
自己紹介には、写真とカレンダーに貼り付けたかんぺをめくりながら行う予定でした。
ところが、かんぺの存在をすっかり忘れてしまい、自己紹介をはじめてしまいました。
なんか違和感あるなあ〜と思いつつ、進めます。
かんぺはパソコンと一緒に保存されており、パソコンのケースごと倉田さんに渡っていたため、気づかなかったのです。
自己紹介のあと、外に出てすぐに3台の天ぷら油号を見学。
坂本さんのSVO化される前のボンゴも見てもらい、仕様変更前、後を体験してもらいます。
皆さん、排気ガスを吸ってみて、驚かれていました。
室内に戻り、山野式熱交換器、電磁ポンプ、フィルターが取り付けてある事を説明。
それぞれの役割と仕組みを理解してもらいます。
続いて濾過装置。
一部、参加者の方に廃油を持ってきてもらっています。
その油を、放置沈殿濾過→ペール缶に小出式フィルター→山野式濾過装置を通して廃油が燃料に変わっていく様子を見ていただきます。
多少水分が入っていましたが、小出式フィルターが水を取り除いており、皆さんに覗き込んで見てもらいます。
BDFとは違い、混ぜ物が無い事、洗浄する事が無い事などに驚かれている方もいらっしゃいました。
お決まりの
「これでいいのか?」
という声も聞けました。
ここでもう一度、雨が降る前に外に出て、3台の天ぷら油号を見てもらうことに。
石岡さんの、「〜地域で雨が降っています。ここも1時間後には大雨です」
というすばらしい情報によるものです。
質問が具体化してきます。
また、坂本さんもボンゴのSVO化を難なく進めています。
その進捗状況も皆で確認します。
坂本さん、作業しながらの対応、大変だったと思います。
午前中の講義?は修了。
テーブルにみかんとお茶が並ぶゆるーい講義。
アットホームな雰囲気。
私はあまり緊張することなく進めることができました。
皆さんのお陰だと
坂本家からおにぎりと汁物のを提供してもらいました。
これがまた美味しい!
おにぎり何個食べたかなあ〜。
参加者の中に数週間前に新婚旅行でシャロムへ行ってきたとう人がいました。
感激です。
しかも、今借りている畑は私の親戚が嫁いだお寺に近い場所です。
この人とはきっとまたどこかで会うんだろうなあ。
それぞれが昼食を終え、石岡さんの提案で車座になります。
実は石岡さんの提案が無くても、必ずやりたかった事。
私だけが一方的にお話しするのではなく、皆さんのお話を聞いて、何故WVOなのかをお話し、今後、広島の地域の方々に繋がって欲しかったのです。
廃油が繋げる和(輪)です。
自己紹介がはじまります。
実は広島の方言、好きなんです。
東京の大学に受かって、入学するまでの僅かな間、広島から遊びに来ていた女の子と知り合い、毎日京都で遊んでいました。
広島弁が程よくこちょばくて、かわいくて・・・・。
地元の言葉で、熱く語ってくれた時間が本当に良かった。
梨、葡萄、ももを無農薬で栽培している人、お弁当屋さんのオーナー、船のオーナー、廃油を回収している人、福井から町を元気にしたいと考えいる人、元車屋で現在全国を走り回っている写真家、様々な経歴をお持ちで、個性的な方ばかりでした。
私はいちいち、へ〜とかはい、とか思わずうなずいてしまいました。
坂本さんのボンゴWVO化が遅れたのも、この話が面白くて、作業に行けなかったのが原因の一つでもありました(本人のいいわけ?)
一通り自己紹介を終え、私が体験している不思議な事。
そして、今日のテーマ「自己責任」についてお話しすることに。
私の昨日のトラブルを初め、過去のトラブル、坂本さんのトラブルを簡単にお話します。
皆さん黙って聞いておられました。
それでも、
「天ぷら油でのりたいんじゃ」
とおっしゃった初老の方がおられました。
この時は、昨日、様々なトラブルをおこして広島に到着したばかりでしたので、少し声が大きくなりました。
あれでよかったのか不安ですが、本気度が伝わった気もします。
後でこっそり誤りました。
だって東京から来た2まわり以上年下の小僧にみんなの前で叱られたような感じになってしまったからです。
おじいさんはポツリと、
「当然じゃ」
とおっしゃいました。
伝わったようです。
坂本さん、あのおじいさん、もう一度言ってきたら、相談にのってあげて下さい。
その際、あのおじいさんの奥さんと、坂本さんの奥さんに同席してもらうのが良いかもしれません。
その場面、見学したいなあ〜。
参加者の中に、船をWVO化したいと言っていた方がおられました。
どうやら1Lにつき1キロ程度しか進まないそうです。
「明日にでもやりますか!」
って冗談で言ってしまいました。
ただ、ようく話を伺うと、
帆がついていないので、トラブルで動けなくなったら大変。
船は動けなくなると流されるだけ。
大型船が前から来てもよけることができない。
命取りになるどころか、事故を起こしたら大きな損害金を払う事にもなる。
そうおっしゃいました。
軽く発言した私は反省しました。
午後の濃いー車座の時間を終え、最後にもう一度参加者の皆さんで坂本さんの様子を見に行きます。
皆さん少しコミュ二ケーションがとれた後なので、非常に和やかな雰囲気で坂本さんの作業を見ています。
新らしいことにチャレンジする息子を見ている、そんな風に感じました。
具体的な質問が飛び、様々な所で説明します。
鹿児島の丈義さん、宮城の倉田さん等がしっかりフォローに入ってくれています。
非常に助かりました。
ありがとうございました。
そして、少しエア漏れなどがありましたが、坂本さんのボンゴが供給側だけ完成。
皆が見ている前でまず軽油でエンジンをかけます。
そして坂本さんの声と共に三方便を切り替え、廃食油を流します。
緊張の一瞬。
ホースが透明なのでタンクから廃食油が流れているのがわかります。
「今廃食油がエンジンルームに来ました」
エンジン音は変わらず、アイドリングが続きます。
皆さんから拍手が沸き起こりました。
間違いなく廃食油で動いている証拠です。
排気ガスを匂いでうなずいている方もおられます。
坂本さん、緊張しただろうなあ〜。
相当プレッシャーだったと思います。
だって、時間内にやらなきゃいけないし、皆が見ているし、失敗できない状況だし・・・・・。
お疲れ様でした。
今回の作業において、坂本家の実家に農業実習生としてきている、20代の若者が手伝いました。
彼は以前自動車メーカーの整備士として働いており、整備士の資格も持っています。
会社員として車をいじっていた時とは全く違った気分だったそうです。
以前はいかに売り上げをあげるかという整備。
今回はいかに、「生かすか」という整備だったと。
とても楽しかったそうです。
彼も何かを感じてくれた様です。
無事講演会?は終了。
倉田さんは秦さんのボブキャットに乗って遊んでいます。
まるで子供です。
「乗る?」
という言葉を待っていました。
「あー楽しい!」
まるで倉田さん以上に子供です。
近所のホテルでお風呂に入り、今日は坂本家の実家に宿泊です。
食事は倉田さんが報告してくれましたね。
美味しい手作りの鳥料理。
いつまでも手が伸びてしまい、食べ過ぎました。
坂本さんの両親の馴れ初めから(なんとお母さんは渋谷生まれ)、原発、テレビ、電気自動車、など、様々な話題が夜遅くまで続きます。
ああ広島まで来てよかった、そう思えます。
ご両親の人柄に何度も心を打たれました。
私は開放感からか、いつの間にか転がっていました。
日付が変わって11月2日。
今日の予定は、なほちゃん の人工種付け相談、絶景のお寺に行って、府中市のお好み焼き、石岡邸のエコツアーです。
みかんを箱ごとお土産としてもらい、坂本家を後にします。
このこぶりのみかんがこの先の道中、私達を何度となく癒し、助けてくれる事になります。
また、今は明後日2歳になる娘がみかんに絵を描いて1日数個食べるのを楽しみにしています。
大きさがまちまちで、それぞれに表情があるので、絵を描くのが楽しいです。
本当に美味しいみかんで、先日仲間で田んぼの作業の合間に食べましたが、みかん好きの友人が唸っていました。
ありがとうございました。
さて、瀬戸内海を見渡す絶景、府中での広島風お好み焼きを堪能し、石岡家へ。
私と同い年の明るくかわいい乗りの良い奥様に迎えられ、自然エネルギーの総合商社のような豪邸を紹介してもらいました。
個人宅であそこまでやっている家は見たことがありません。
一つ一つ詳しく紹介したいですが、一番凄いなあとと思ったのは、太陽光パネルを自作する事ができる点です。
羨ましい工房があり、一日中あそこにこもっていても飽きそうにありません。
石岡さん、ご家庭が大変なときに案内していただきましてありがとうございました。
大変勉強になりました。
鹿児島の丈義さんはここで石岡さんから燃料をもらって給油します。
石岡さんはまだWVO化されていませんが、既に濾過装置を自作されていて、この日のために燃料を作って下さっていました。
実は山野号の為の燃料でしたが、私達は坂本さんや秦さんに十分頂いておりました。
ですので丈義さんにお渡しする事ができました。
こういったちょとした心遣いがWVOに乗っていて良かったと思えるところです。
後からの報告で、この燃料があったから武義さんは無事軽油を給油することなく、帰れたそうです。
しかもギリギリ。
天は必要なものを必要な人に必要なタイミングで渡してくれます。
だけど、必要以上のものは与えてくれません。
まさにそのとおりの事が丈義さんにもおこりました。
そして、再会を約束し、石岡邸を出発。
この後、思いもかけないトラブルが私達を襲います。
夕方3時半頃、石岡邸を出ていざ東京へ。
明るいうちは一般道を走り、広島を感じる事に。
途中、整備で使い果たした結束バンドを買うため百均へ寄ります。
後々、これがまた役立つ事にもなります。
岡山自動車道、岡山総社ICまで一般道、それから先は高速道路です。
高速に乗った頃には既に日が暮れていました。
予定では、行きに寄れなかった京都の実家で仮眠。
早朝スタートで翌3日の午後には東京へ到着する予定でした。
私達は運転を代わる代わる交代しました。
倉田さんはいつも
「代わろうか?」
といって気を使ってくれます。
石岡邸でもらった焼き栗や坂本家でもらたみかんを食べながら走ります。
確か山陽道白鳥PAで府中から運転していた私と倉田さんは交代しました。
ここで、少し夕食には早いけどうどんを食べました。
京都生まれの私にとって関西風のダシで食べるうどんは格別です。
高速に入っておよそ2時間、全てが順調のように思えました。
白鳥PAを出発してすぐ、食事をしたせいで私はうとうと眠りに入りました。
トラブルは突然やってきます。
遠くの方で倉田さんが呼んでいます。
「起きて!起きて!車が止まりそう!」
目を覚ますとエンジン音は既になく、高速道路の路肩を惰性で走っています。
ハザードの音だけが聞こえ、街頭明かりはのあるものの、暗く、ゆるい右カーブ。
やや上り坂です。
できるだけ安全な場所にと思いましたが、限界でした。
できるだけ車道から離れた場所に車を止めます。
後ろからは凄いスピードでトラックや乗用車がすれ違っていきます。
この時は、行きに同じ様な事が起こっていたので、あわてずに始動すれば何とかなるだろうと甘く考えていました。
Pレンジに入れ、サイドブレーキをかけて運転席にいる倉田さんにもう一度始動するようにお願いします。
「ウンウンウン・・・・・・シーン」
火が入りません。
もう一度・・・・。
「ウンウンウンウン・・・・・・シーン」
全く反応ナシ。
倉田さんには後ろから来る車に気をつけて運転席から降りてもらいます。
懐中電灯を手に、車の下を覗き込みます。
燃料漏れは見当たりません。
助手席を上げ、エンジンルームを覗き込みます。
これまた異常はありません。
落ち着いて考えようと思いました。
2回エンジンをかけようとしましたが失敗しています。
バッテリーの残量を考えるとあと4〜5回が限界です。
偶然予備バッテりーを積載していましたが、1週間ほど前に上げてしまい、充電されていません。
いずれにしろ、非常に危険な状態である事は確かなので、ロードサービスを呼ぶことに。
場所は山陽道姫路東ICを2キロ過ぎた所。
到着まで30分ほどでかかるそうです。
時間は午後7時半になっていました。
即この状況から脱出したいので原因を探ります。
まず、フィルターを疑いました。
燃料が十分温まっているのに止まってしまう。
その原因のほとんどはフィルターのつまりによるものです。
広島からここまでおよそ数百キロ。
燃料は全て坂本さんから戴いたものでです。
濾過装置を見せていただき、このシステムなら大丈夫。
自分の責任においてドラム缶から直接タンクに入れました。
つまり入れる燃料を私は直接目視していないのです。
これが甘かったのか・・・・・。
そう思いました。
灯油用の小さなフィルター、ノーマルフィルターを外して汚れを点検します。
ほとんど汚れていません。
配管を燃料タンク→燃料ポンプ→熱交換機→噴射ポンプの順番に。
後続車に気をつけ、運転席へダッシュで乗り込みます。
まるで盗塁のようです。
グローを3回。
そしてオン。
「ウンウンウンウン・・・・・・・・・シーン」
変わらず・・・・。
もう一度、グローを3回。そしてオン。
「ウンウンウンウン・・・・・・・・・シーン」
電磁ポンプを作動させたり、しなかったり・・・・。
困りました・・・・。
火が入りません。
この時思っていたのは、
軽油があったらやってみたいなあ〜。
ということ。
そして困り果てた私は家門さんに電話しましす。
最近の私の車の状態を一番知っているのは私以外に家門さんです。
今の状況をお話し、何か手立てはないか遠隔操作してもらおうと考えていました。
状況をお話ししましたが、手立ては無いようでした。
家門さんは仕事帰りのようでした。
確か奈良県にいるとおっしゃていました。
だけど、
「すぐにそちらに向かいます」
と言っていただき、和田さんの家に寄った後、こちらに向かってくれました。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
できる限りの事をしよう。
そう思った私は次に、電磁ポンプの抵抗をなくす為と荷台にある衣装ケースの燃料で試しみたい為、三方便を切り替えます。
衣装ケースの燃料は私が東京でもらってきた燃料と、昨日参加者から頂いた燃料です。
衣装ケースのインタンクポンプ→熱交換機→噴射ポンプという順番です。
試してみますが変わらずです。
この時にも、運転席の乗り降りは命がけの失敗できない盗塁です。
この時思っていたのは、
軽油があったらやってみたいなあ〜。
ということ。
停止して30分ほど経ったとき、パトカーが来ました。
この時、なす術もなく私達は後続車に追突されないよう懐中電灯を振っていました。
偶然通りかかった警察官と倉田さんは、車を押して安全な所まで行こうと押してくれました。
しかし、ゆるい上り坂の為ほとんど車は前へ進みません。
押してくれた警察官と倉田さんは息切れしています。
別の警察官は発炎筒を3つ炊いています。
間もなく、回転灯を回してレッカー車がやってきました。
息切れした警察官は安堵しています。
ロードサービスの方と、とりあえず車をレッカー車に積載して安全な所まで行きましょうと言うことになりました。
配管をいじる為工具を散らかしていた私は忘れ物が無いよう懐中電灯片手に工具を片付けます。
ロードサービスが10kmまで無料なので次の加古川北ICまで行ってもらい、家門さんを待つ事になりました。
この時、不安で悔しい気持ちを坂本家でもらったあの不ぞろいのみかんが癒してくれました。
みかんに癒されながら家門さんを待ちます。
この頃、岩本さんにも連絡をいれ、もし家門さんでもダメな場合はお願いする事になるということを伝えました。
お酒飲まないで、レッカーの手配もして待っています
というありがたいお言葉。
加古川北IC付近には近隣にガソリンスタンドが無いそうです。
コンビにもありませんと言われました。
だけど、警察隊の休憩所があります。
トイレもちゃんとあります。
街頭も・・・・・。
だけど、お腹へって、とても寒くて。。。。。悔しくて。。。
あの時うどん食っておいてよかったなね。
みかんたくさんもらってきて良かったね。
と倉田さんと慰めあいます。
やれる事はやっておこうと、軽油ですぐに始動できるように配管を直します。
といっても、後ろの衣装ケースから来ている三方便の配管を外し、黒い1mくらいの燃料ホースにつなぎ変えるだけですが・・・。
レッカー車が去り、待つ事およそ2時間。
パトカーのお兄さん達と雑談したり・・・・。
みかん食べたり・・・・。
家門さんは颯爽と登場してくれました。
仕事帰りで疲れていて、しかも次の日も休日出勤。
そんな中、来てくれました。
本当に申し訳ないです。
家門さんは
「寒いから車の中で待っていてください」
「それはできないっすっ!」
寒空に待っていた私達を気遣ってくれます。
家門さんに今までの経緯や試した事などを伝えます。
既にバッテリが上がっているのでブースターケーブルで私のバッテリと家門さんのバッテリをつなぎます。
作業中、家門さんの車はエンジンがかかったままです。
私は手伝う事がほとんどでき無いので、邪魔にならないように懐中電灯で手元を光らせます。
そんなことしかできない、時には邪魔もしてしまいます。
ここ数年味わっていない屈辱感です。
家門さんはリターンを疑っていました。
車の下にもぐり、リターンホースを外します。
とても暗く、寒い空間だったと思います。
リターンを軽油のタンク(助手席足元に軽油の携行缶)に持ってきます。
これで、供給、リターン共に軽油になっています。
倉田さんは運転席にいて家門さんの指示を待っています。
キーをオン、スタート!
「ウンウンウンウン・・・・・」
かかりません。
もう一度・・・。
「ウンウンウンウン・・・・・」
電磁ポンプを経由しても燃料が流れないのです。
「噴射ポンプのチェック便がふさがっている可能性があります」
そう言いつつも家門さんはでここでできる限りの事をやっていただきました。
時間は深夜1時頃。
到着から2時間以上が経過していました。
家門さんがやってできない事は今の私にも無理。
悔しいですが、諦めがつきました。
岩本さんにレッカーの要請をお願いしました。
食事をとることにします。
ICを出て15分くらい走るとファミレスが1件。
3人とも体が冷え切っているので温かい鍋セットを頼みます。
会話はあまり弾みません。
岩本さんの到着まであと2時間くらいあります。
だけどファミレスは2時で閉店。
元来た道へ帰ります。
再び加古川北ICの駐車場。
岩本さんを待ちます。
ここに至るまで様々な選択肢がありました。
WVOの誰にもお世話にならず、レッカーで最寄の修理工場へ。
既に時間が遅く、工場はどこも閉まっている。
今日はとりあえずレッカー会社の駐車場に車を止め、私達は近隣のホテルなどへ。
次の日は休日なのでトヨタのディーラーへ持っていく。
きっと原因は噴射ポンプだと思われるので、交換になるだろう。
するとその場では直せない。
きっと早くても数日後になる。
新幹線で東京へ帰り、1週間後新幹線でまた来て、一人乗って帰る。
修理代やその他移動費などもバカにならない金額になる。
岩本さんにお願いすれば、うまくいけば2週間後のオフ会で持ってきてもらえる。
代車も出してもらえる。
WVOの事もわかってくれている。
全ての事をお任せする事にした。
だけど、何故車は止まってしまったのか・・・・様々な選択肢を車の中で考えていた。。。。。。
そして温かい家門さんの車内に負け、急に睡魔に襲われてきたのだ。
家門さんはパソコンを広げて過去の噴射ポンプの分解写真を見せてくれていたが、疲れと眠気で何も見えていなかった。
家門さんすみませんでした。
そして、岩本さんがレッカーに乗ってやってきた。
日付は11月3日になっていました。
深夜、3時頃、岩本さんの車(レッカー車)に乗って和歌山をめざします。
家門さんとは加古川北ICで分かれます。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
レッカー車の車内ははじめてて、色んなスイッチがついていて興味津々。
だけど、色々聞く気がおこりません。
男三人、やっとと乗ることができる車内。
私は真ん中に乗りましたが、両方に肩がぶつかっています。
車内を和ませようと、和歌山県民の岩本さんに広島のみかんを薦めましたが、あっさり断られます。
倉田さんも色々茶化してくれています。
岩本さんとはもりの家以来、久々の再会でしたが、なんだかそんな気もしません。
そのうち皆無口になって?というか疲れで眠くなってしまいました。
朝方6時頃、和歌山に着き、早朝から開いているスーパー銭湯へ。
なんだか冷え切っていた体がリフレッシュされましたが、眠気は全く消えません。
10分ほどの仮眠を取り、昨夜暗くてやりきれなかった事を修理工場に着いたらやろうと頭の中で考えます。
暗くて見えなかった何かが見えるかも?という期待をしていました。
9時頃、代車をお借りする場所に到着。
必要な荷物を軽自動車に移し変えます。
車はまだこの先1時間くらいの場所まで持っていくそうです。
全てを岩本さんにお願いする事にし、私と倉田さんは東京へ向かう事にしました。
倉田さんとは代わる代わる運転して帰りましたが、本当に眠かった。
運転しない時は、後部座席を折りたたみ、足をのばして荷台に寝ました。
運転中もぽかぽか天気で眠くなってきます。
知らない土地で、はじめての道を走るので楽しいはずですが、眠くてそれどころではありません。
倉田さんもきついのか、私が運転している時は良く眠っていました。
そして夜8時頃、東京へ無事着きました。
倉田さんと握手をしてわかれます。
倉田さんがしっかり私を東京まで送り届けてくれた事に本当に感謝します。
ありがとうございました。
その後、家族と久しぶりの食事。
妻と5歳の息子、もうすぐ2歳の娘が同時に話しかけてきます。
何だか涙が出てきました。
今家にいて、家族と一緒に御飯を食べている・・・・。
あたり前の出来事を迎えられている事に幸せを感じました。
今回の旅は、「自己責任」を思い知らされた長旅になりました。
車は今現在も岩本さんの所にあり、昨日中古の噴射ポンプが届いて、今週末までには取り付けが完了するはずです。
そして、24日の早朝東京へ陸送されてきます。
ちなみに、代車としてお借りしていた和歌山ナンバーの軽自動車は、一緒に田んぼをやっている千葉の友人が買うことになりました。
結局原因はわからずですが、取り外した噴射ポンプは手元に残りますので、色々分解して学びたいと思っています。
このような事が皆様に起きないように、今回の私の経験が皆様にとって役立ちますように、心から願っております。
今回、様々なところでこのメーリスの方々に助けていただきました。
個々にお返しする方法は見つかりません。
この後に続く様々な人や出来事にてお返ししていくほか無いと思っております。
ありがとうございました。
山野
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