<ミツバチの沈黙>(1) 失踪・大量死、突然に

中日新聞2010年5月25日

3カ月ほど前に羽化しながら、巣穴から出られずに死んだミツバチ

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 あと少しで巣穴から出て働きバチになるはずだったミツバチたちが、巣穴に入ったまま息絶えている。さなぎから羽化し、巣穴のふたを破って出ようとしていた。破れた穴から死んだハチの黒い複眼がのぞく。ふだんなら近くにいる育児係の働きバチも、姿が見えない。

 「働きバチが育児放棄していなくなるなんて…」。兵庫県丹波市の養蜂(ようほう)家山内秀樹さん(69)は今年2月、巣箱を見て言葉を失った。巣には蜜(みつ)も花粉もたっぷりと貯蔵されている。なのに、巣穴に詰まったまま死んだハチの子の顔、顔、顔…。1カ月前まで無数にいた働きバチは失踪(しっそう)し、死骸(しがい)も見あたらない。

 わずかに残ったハチが女王バチを中心に、体を寄せ合っていた。ミツバチは気温が下がると、固まって球を作り温度を保とうとする。今や球を作る数もいない。少しでも温まろうと、暖かい巣の最深部に、ぎゅっと小さくなっている。弱った群れは、やがて力尽きた。

 働きバチが異常に減ったのは2年続けてのこと。1箱に数万匹いるハチが、3、40匹に。死骸もなく、忽然(こつぜん)と消える。ことしは全部で100あった群れが、最後は全滅した。

 2年前、近くの山の松くい虫防除に、新しい農薬が使われたことを聞いた。山内さんは関連を疑うが、因果関係は分からない。

 米国では働きバチが急激にいなくなる「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群(CCD)」が起きていると聞く。「これがそうなのか」。国内でもミツバチの減少や大量死が報告される。農薬やダニやウイルス、栄養不足にストレスなどさまざまな原因が挙げられるが、専門家は「複合的な要因」を指摘する。

 愛知県西尾市で養蜂業を営む羽佐田康幸さん(58)は、巣箱を車に載せ、新鮮な蜜を求めて全国を渡り歩く。北海道和寒町では、10年ほど前から毎年、凄惨(せいさん)な光景を目にするようになった。

ミツバチの様子を見る山内秀樹さん。後ろにはハチが失踪し、使わなくなった巣箱が積み上げられている=兵庫県丹波市で

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 どの巣箱でも入り口から1〜2メートルの範囲で放射状に死骸が落ちている。じゅうたんのように地表を埋め、腐臭が漂う。まだ生きているハチはもがき、羽をわずかに揺らす。羽佐田さんは大量死を「水田でまく農薬の影響ではないか」と疑う。

 入り口にわずかな死骸がある巣箱。よく見ると、弱ったハチをくわえた働きバチが次々と出てきて、仲間を外へ捨てていく。

 「巣を守っている」と、羽佐田さんはみる。仮に農薬がついたハチが巣に残れば、他のハチや幼虫にも害が及ぶ。ハチはその恐ろしさを知っているから、容赦なく捨てる。

 だが、「やがて外に出すハチにも農薬がつき、巣の中で広がっていく」。2〜3時間たつと、周辺はまた、死骸のじゅうたんに変わる。

    ◇

 ミツバチは人類が生まれる前から、植物の受粉を手伝い、森をはぐくみ、地球上の命をつないできた。野菜や果物の生産にも欠かせない彼らが、姿を消していく。ミツバチの棲(す)めない環境に何が起きているのか。10月に開かれる生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)を前に、ミツバチの世界から生態系を見つめる。

  蜂群崩壊症候群(CCD)  2006年から米国で発生した、働きバチが1週間から1カ月ほどで大量にいなくなる現象。09年12月までに全米35州で報告され、07〜08年の冬には、越冬できずに減る蜂群を含めると、全体の36%が失われた。原因は不明。日本や世界各国でのハチの減少はCCDかどうか分からず、コロニーロス(蜂群の損失)と呼ばれている。

<ミツバチの沈黙>(2) イチゴの形、色に異変

2010年5月26日

巣箱の置かれたハウスで収穫された、きれいな形のイチゴ。果物や野菜の生産にミツバチは欠かせない=愛知県西尾市市子町で

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 春の日差しが注ぐハウスから、赤い実りが消えた。赤と白のまだら模様になったイチゴは、落花生のように細長くなったり、先端が扇状に広がったり。

 「これじゃ、売り物にならん」。昨年3月、愛知県弥富市の農家松岡正治さん(62)は、奇形のイチゴを摘みながら肩を落とした。

 正常より二回りも小さい。みずみずしさの失(う)せた乾いた表面に黄ばんだ種がつき、甘い香りもしない。

 異変には、3週間前に気付いた。白い花の雌しべに、黄色い花粉が付いていない。イチゴのきれいな円すい形は、ハチが花を何度も訪れ、雌しべ全体にまんべんなく花粉を付けてできる。花粉が少ないと、実が小さくなり、形もゆがむ。

 ハウス内に置いた巣箱から、ミツバチの群れが消えていた。密閉されたハウス内なのに死骸(しがい)も多くは見あたらず、松岡さんも「どこへ消えたのか分からない」。

 訪れたスーパーの担当者は「これでは仕方ない」と、買い付けをやめた。残ったイチゴをパックに山盛りにし、農協の直売所に置いた。「ハチの働きが悪く、形がよくありませんが…」と断り書きを添え、半値で売った。収入は4割減り、「ハチのありがたみを思い知らされた」。

 国内でハウス栽培される野菜や果物のほとんどはミツバチの花粉交配で作られる。アーモンドやカカオ、かんきつ類などの輸入作物も。植物油になる菜種や肉牛の飼料となる植物も含め、食品の8割がミツバチに支えられていると言われる。

 ミツバチ卸業のアピ(岐阜市)には昨年、農家からハチを求める悲鳴が殺到した。「どこに頼んでもハチがない。もう花が咲いてしまう」

 通常は群れを次々と分割し、女王バチを買い入れて新たな巣を増やしていく。だが、主力のオーストラリアからの女王バチ輸入が、病気を理由に停止。業界全体でハチ不足が深刻化した。

 アピも、育成が間に合わず「女王バチがいない群れまで売る羽目に」。売値は5割も上がり、ミツバチの希少性が高まっていく。

 愛知県西尾市の雑木林でことし3月、ミツバチの巣12箱が消えた。養蜂(ようほう)を営む青山高庸(たかのぶ)さん(53)は「ここまでやるんか」とあきれはてる。

 昨年も15箱が盗まれ、計30万匹ものミツバチが奪われた。置き場所を変え、入り口に柵も設け、対策を尽くしたはずだった。

 日本養蜂はちみつ協会が初めて行った調査では、昨年度のミツバチ盗難は全国で56件。養蜂の盛んな愛知県と長野県がともに最多の9件を占めた。

 箱ごと盗むと犯行が発覚しやすい。箱の中に置いてある餌の砂糖水を取り出してハチをおびき出し、ハチの群れだけを別の箱に集めて盗む例も。手口も巧妙化している。

 「ハチなんか一般の人がほしがるものじゃない」。ハチの扱いやその価値を知っている者の仕業だと、青山さんはにらんでいる。

<ミツバチの沈黙>(3) 群れ一丸、完全分業

2010年5月27日

口移しで蜜の受け渡しをする働きバチ=名古屋市守山区翠松園で

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 オレンジ色の花粉を後ろ脚にたっぷりつけた働きバチが、次々と巣箱に帰ってくる。

 養蜂(ようほう)とミツバチの販売を手掛ける名古屋市守山区の養蜂研究所。久しぶりの快晴で気温が上がり、ハチの出入りが激しい。200余ある巣箱の上を、忙しく飛び回る羽音が、ザーッと砂嵐のように響く。

 巣箱の中が暑くなりすぎたようだ。入り口では、10匹ほどが前傾姿勢になり、羽を激しく震わせ、扇風機のように風を送っている。おなかに入れて運んできた水を、巣にまくハチもいる。

 花粉や蜜(みつ)を持ち帰った働きバチは、後ろ脚についた花粉団子を、中脚のとげを使って左右一つずつ落とす。蜜は巣にいる若いハチに口移しで渡し、貯蔵場所に納める。

 戻ったハチが、尻を激しく振りながら回り始める。ミツバチのダンスだ。「花が近い時は単に円を描く。8の字を描くのは、花が100メートル以上離れた所にある時」と、専務の井上凱夫(よしお)さん(66)は言う。

 8の字ダンスでは、太陽の方向を基準にした文字の描き方で花の方向を示し、ダンスの速さで、花までの距離を教える。

 卵を産むのは群れに1匹の女王バチだけ。働きバチも雌だが、女王がフェロモンを出して産卵機能を抑えてしまう。女王バチは一日1000個もの卵を産む。働きバチになる卵は小さな巣穴に。雄バチの卵は大きめの穴。女王バチになる卵は、王台という特別な巣房に産み付ける。「この産み分け技術もすごい」と井上さんは感心する。

 「ミツバチの世界は合理的な社会。完全に分業し、無駄は一切ない」。生まれた働きバチは、初めは巣の中で作業をする「内勤」になる。掃除係から始まり、幼虫に餌をやる育児係の後、蜜を受け取り貯蔵する係に。巣を作ったり、外敵に備える門番をしたりして、最後に花粉や蜜を集める「外勤」になる。

 「切ないのは雄バチ」と井上さん。春から夏の繁殖期、いくつかの巣の雄バチたちが1カ所に集まって女王バチを待つ。異なる群れの雄が集まるのは、多様な遺伝子を受け継ぐためのハチの知恵。やって来た女王が空高く舞い上がると一斉に後を追い、十数匹だけが交尾に至る。

 「しかも、交尾した瞬間、雄バチは体がちぎれて死んでしまう」。残った雄は次の機会を待つが、繁殖期が終われば餌を食べるだけの厄介者。働きバチに巣から追い出されて餓死する。

 玉川大ミツバチ科学研究センターの中村純教授は「個々のハチ同士の関係は割り切りながら、群れを守るという一つの目標を達成する。ミツバチが社会を維持する仕組みは素晴らしい」と絶賛する。

 働きバチの寿命は1、2カ月。一日中働いても、一生に集める蜜はスプーン一杯にも満たない。「ひたすら働き、死んでいく姿には頭が下がる」と井上さん。しかし、自然環境の変化により、このミツバチの世界にも異変が起きている。

<ミツバチの沈黙>(4) 働けど蜜は増えず

2010年5月28日

花粉ダンゴを足につけ早朝から日暮れまで花の間を飛び回り、蜜を集める働きバチ=名古屋市守山区で

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 無数の羽音がビニールハウスの天井に当たり、振動音が響く。ぶつかっては落ちるミツバチたち。柱とビニールのすき間に必死で潜り込み、やがて身動きできなくなる。

 「外へ出たいのだろうな」。ハウスでナスを栽培する愛知県西尾市、坂本康弘さん(45)はハチを思いやる。

 ミツバチの活動に適した外気温は13〜30度だが、気密性が高いハウス内は5月でも35度前後に達する。蒸し風呂のような室内で、1日に数百〜千以上もの花を回り、自分の体と同じ重さの花粉や蜜(みつ)を集めるまで巣箱に戻ることはない。

 多様な花と豊富な蜜がある屋外に比べ、ハウス内は1種類の花だけ。ナスやイチゴの花は蜜の量もわずかだ。巣箱に蓄える蜜は増えず、ハチ自らが食いつぶしてしまう。4〜5月の6週間で、巣箱は5キロも軽くなった。

 坂本さんは「屋外とは環境があまりに違い、ハチにとってはかなり過酷な労働になっている」と思う。

 ミツバチを農家に貸し出している同県半田市の養蜂(ようほう)家杉浦利和さん(51)は、巣箱が戻るたびに、群れの消耗を目にする。イチゴ農家に8000匹入りで貸した巣箱は、数十匹に減っていたことも。「人間の都合が中心で、ハチは単なる農業資材として扱われている」と残念がる。

 ハウス栽培の授粉にミツバチが使われるようになったのは1970年代から。品種改良が著しいイチゴは栽培期間が10月〜翌年5月と、以前より3カ月も延び、年に4回も収穫するようになった。ミツバチは8カ月間もハウスに入れられ、屋外なら巣でじっとして過ごす冬場も、仕事に追い立てられる。

 ミツバチの失踪(しっそう)や大量死を研究している名古屋大大学院生命農学研究科の門脇辰彦准教授(46)は、ハチが抱えるストレスを遺伝子レベルで調べた。

 人間を含む動物や昆虫は、高温や多湿など生存に不都合な条件に反応する共通の遺伝子を持っている。門脇准教授は、この遺伝子が反応すると特定のタンパク質の合成量を変化させることに着目。ハウスに入れる前と後のミツバチからタンパク質を採取して比較し、ハウスに入れた後のハチが強いストレスにさらされていることが分かった。

 門脇准教授は「ハチ自身はストレスと感じていないだろうが、体は高ストレス状態にある。働き詰めのサラリーマンのよう。群れを長持ちさせるために、ストレスを減らすことが必要」と訴える。

 ナス農家の坂本さんはこの話を聞き、巣箱を時々、ハウス外の涼しい木陰に置くようにした。休憩後にハウスに戻すと、ミツバチが「なんとなく元気になった気がする」。

 でも、しばらくするとハチはまた天井へぶつかっていく。休んでいた木陰の方向を目指して。「その姿が、なんともかわいそうで…」。坂本さんの中で、ミツバチへのいとおしさが増していく。

<ミツバチの沈黙>(5) 厄介者、静かに増殖

2010年5月30日

ミツバチの体内の細菌から、病気の対策を探る研究者=茨城県つくば市の畜産草地研究所で

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 白く柔らかい幼虫の腹に、毛ガニのような、8本の脚でしがみつく。鋭く伸びるあごを皮膚に突き立て、体液を吸いとる。巣穴の壁いっぱいに卵を産み付け、静かに仲間を増やしてミツバチの群れを狂わせる。

 「やっぱりダニが、ぶっちょり付いとる。これでは全滅してしまう」。昨年2月、群れの減りが気掛かりだった三重県桑名市の養蜂(ようほう)家舘暁男さん(76)は、幼虫に群がる赤褐色のダニにうろたえた。

 ミツバチヘギイタダニ。屋根を葺(ふ)く折板(へぎいた)に棲(す)んでいたダニの仲間。上から見ると楕円(だえん)形をした体は1〜1・7ミリ。ミツバチを人間に例えると、バレーボールほどの大きさのダニがついていることになる。寄生された幼虫は、羽や脚が奇形となって羽化する。飛ぶことも、蜜(みつ)をとることもままならない。いずれは群れ全体が栄養不良に陥り、壊滅してしまう。ダニはその間も成虫にへばりついて屋外へ移動し、別の巣のハチとの接触を通して広がっていく。

 舘さんはすぐに、ダニ薬を使って駆除を試みた。同じヘギイタダニが大発生した10年前、巣箱の底をダニの死骸(しがい)で埋め尽くしたほどの特効薬。しかし今回はダニが収まらず、800もの巣箱を焼却処分した。「ダニが薬への耐性をつけてしまったに違いない」

 業界の調査では、ダニ被害は昨年、愛知や長野など37都道府県で500件余も発生、ミツバチ大量死の要因に挙げられた。欧米で大発生したアカリンダニも国内で初めて見つかり、養蜂家を震え上がらせている。

 ダニはハチにとってのもう一つの脅威である病原性ウイルスも媒介する。名古屋大学と畜産草地研究所(茨城県つくば市)が昨年行った疫学調査では、健康なミツバチから、1匹あたり平均3〜4種類のダニ媒介ウイルスが見つかった。発病すれば体の麻痺(まひ)や発達異常をもたらし、ハチを死に追いやる。法定伝染病であるふそ病の病原菌も検出された。

 畜産草地研究所の木村澄主任研究員(50)は「ほとんどのウイルス病はヘギイタダニによって媒介されるとみられる。ダニとストレス、病気は強い関連がある」と指摘する。また、ダニが薬への耐性を強めている可能性についても、今後の重要な研究課題に挙げる。

 半世紀にわたりダニの研究を続ける横浜国立大名誉教授の青木淳一さん(74)は「特定のダニが異常発生する時は、生物の多様性が崩れている可能性が強い」と指摘する。

 300種ものダニの新種を発見した青木さんが、ダニの図解を見せながら解説する。豊かな森林には、腐葉土をかじるダニが100種類以上もいる。気密性が高い現代の住宅では、人を刺すツメダニなど4〜5種類しか生息できない。

 悪者扱いされながら、自然の健全さを映す指標にもなるダニ。ハチの世界で大量発生しながら、何を警告しているのだろうか。

<ミツバチの沈黙>(6) 救世主さえも激減

2010年5月31日

人によく慣れるニホンミツバチ。病気やダニにも強い=長崎県佐世保市吉岡町で

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 巣箱の前にそっと手を差し出す。警戒していたハチたちが、しばらくすると手に乗ってくる。「臭(にお)いを覚えれば、もう刺さない」。長崎県佐世保市でニホンミツバチを育てる久志冨士男さん(74)は、「ゆっくり信頼関係を築けば大丈夫」と、優しいまなざしを送る。

 日本の養蜂(ようほう)はほとんどが、明治時代に米国から導入されたセイヨウミツバチ。だが、久志さんは在来種のニホンミツバチにこだわり続ける。湿度が高い時や低温でも活動し、ダニや病気に強い。蜜(みつ)を集める能力はセイヨウミツバチに及ばないが、蜜の味が良く、価格は3、4倍になる。

 時々ころっとひっくり返って、お互いに毛繕いをする。「だからダニにも負けない」

 スズメバチが襲撃してくると数十匹で一斉に押さえ込む。体温を上げて48度もの高熱を出して蒸し殺してしまう。人に慣れ、強さも兼ね備える。「日本の農業を救うのはニホンミツバチだ」と久志さんは信じる。

 しかし、そのニホンミツバチが昨年の夏から秋にかけて大量に失踪(しっそう)し、70あった群れが今では5つに。「20年以上飼っているがこんなことは初めて」と言葉を失った。

 同時期に、長崎県内のセイヨウミツバチの養蜂家16軒でも、大量死や失踪で計900群余が全滅した。養蜂家からは「今年も激減したらやっていけない。最近よく使われるネオニコチノイド系農薬のせいではないのか」と疑う声が上がる。

 ネオニコチノイド系の農薬は、害虫の神経に作用して殺す。稲を傷つけるカメムシ駆除に効果を発揮し、稲作に広く利用されている。メーカーは「人や動物、魚には影響が小さい。幅広い害虫に効き、効果も数週間と長く続く」と説明する。

 茨城県つくば市の畜産草地研究所では、ネオニコチノイド系農薬のミツバチへの影響も調べている。昨年、「農薬の疑い」で大量死したとして養蜂家から送られてきたハチの死骸(しがい)を調べたところ、9割から農薬が検出された。木村澄主任研究員は「働きバチが体に致死量の農薬をつけて帰り、それをほかのハチがなめたりしたのではないか」とみる。

 では、低濃度の農薬を浴びて巣に戻った場合、後で何らかの影響が出るのか。同研究所は濃度を変えた農薬をハチの体に塗り、生存率や巣に戻れるかどうかを見たが、影響を示す結果は得られなかった。木村さんは「ミツバチの急減は農薬だけでなく、多様な原因が複合的にからむ」とみて、研究を続ける。

 農家の間では戸惑いが広がる。愛知県内のコメ農家の男性(73)は「原因が分からないのに、騒がれるのはつらい…」。農薬原因説が強まり、作物の販売に影響が出ることを心配している。

 愛知県や岐阜県ではミツバチの飼育場所を農家に知らせ、農薬散布に注意を促す取り組みをしている。長崎県では行政と養蜂、農業関係者の連絡協議会を結成。ハチを守る方法を模索している。

<ミツバチの沈黙>(7)  生態系底辺に危機

2010年6月1日

野鳥の調査でスズメが急激に減ったことを懸念する藤原利正さん=兵庫県丹波市で

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 大きな川がゆったりと流れ、その脇に水田や畑が広がる。望遠鏡でのぞくと、遠くの民家の屋根にスズメが8羽いる。さらに見回すが、ほかにスズメの姿はない。「この時期は雑草の種や虫を狙ってたくさんのスズメがやって来るのに」

 この冬、ミツバチの大量失踪(しっそう)が起きた兵庫県丹波市の山間部。自然愛好家の藤原利正さん(67)は、レンズの先に見える異変が気になっている。

 ふだんスズメが集まる木の枝をのぞく。チュン、チュン、チチチチ…。3、4羽が連れ立って飛び立つと、木にはスズメがいなくなった。「いつもの10分の1もいない…。あの木にはスズメが鈴なりになるのに」

 5年前から市南部で野鳥の調査をしている。今冬、スズメは1年前に比べ4割も減った。スズメに似たカワラヒワも3割少ない。

 スズメが巣をつくる木造住宅が減ったことは理由の一つにある。だが、これほど激減する理由はわからない。この春は寒く、田植えが2週間遅れた。そのせいなのか、今年も鳥が少ない。「一時的なことならいいが…。この状況が続いたら大変なことになる」

 農薬が頻繁に使われる別の地区では、鳥が減り続けている。石垣に卵を産む小さなカエルやヒメボタルも減った。雑木林のクモの巣も少なくなった。

 野鳥の減少は全国的に起きている。名古屋の野鳥を40年間見続けてきた、名古屋鳥類調査会の森井豊久さん(71)は、水田や干潟に入るシギ類が減ったことを心配する。「たくさんいた鳥は、減り始めると早い。鳥のすめない場所では、人間にも影響が出てくるのではないか」

 丹波市の自営業吉竹三郎さん(78)は昨夏、会社の庭で羽化したカブトムシを見て言葉を失った。どれも、角が左右にねじ曲がり、よろよろと歩いている。羽がくしゃくしゃに縮み、胴が半分むき出しになっている。

 幼虫から地中で育て、羽化したら保育園の園児らにあげると約束していた。土の中で何が起きたのか。「子どもたちにはとても見せられなかった」

 長崎県佐世保市で飼育するニホンミツバチが大量失踪した久志冨士男さん(74)も、ハチが消えた後、スズメやイワツバメが少なくなっているのに気づいた。チョウもあまり見ない。海岸からはフナムシが姿を消した。

 古来日本の野山に自生していたニホンミツバチ。どのくらい花に集まっているかを見れば、「その地域の自然度が分かる」と久志さんは言う。

 ハチや小さな生き物たちが姿を消し、生態系の底辺が壊れていっている気がする。取り返しのつかない環境破壊が起こっているのではないか。そう考えると眠れないこともある。「ミツバチがすめない世界に、人間は住めるのだろうか−」

  =おわり

 (取材班=社会部・片山夏子、加藤弘二、写真部・長塚律)

ヨーロッパからスズメが消える?
http://asyura2.com/0510/nature01/msg/428.html

細菌?寒さ? 北海道でスズメ大量死、原因は不明 
http://www.asyura2.com/0601/gm12/msg/472.html